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フランス語談話会 「他動性と動詞構文」

日時:7月23日(土)15時~18時
会場:早稲田大学文学学術院(戸山キャンパス) 33号館低層棟6階第11会議室
https://www.waseda.jp/flas/glas/access/

パネリスト:
・早津 恵美子(東京外国語大学 )
「日本語の「V-(サ)セル」文の使役構造性と他動構造性」

・藤縄 康弘(東京外国語大学)
「ドイツ語における他動性と使役・受動」

・藤村 逸子(名古屋大学)
「フランス語の使役文における被使役者の格表示と被動作性の度合」

司会:秋廣 尚恵(東京外国語大学)

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日本語の「V-(サ)セル」文の使役構造性と他動構造性
早津 恵美子(東京外国語大学)

日本語の使役文(「V-(サ)セル」を述語とする文)について、原動文(「V」を述語とする文)との対応関係として、次のような2つの捉え方がある。

A:広く知られている捉え方
太郎が 花子に 荷物を 運ばせる。 ⊃ 花子が 荷物を 運ぶ。
太郎が 息子を 銀行へ 行かせる。 ⊃ 息子が 銀行へ 行く。
太郎が 冷凍庫で 果汁を 凍らせる。 ⊃ 果汁が 凍る。

B:あまり知られていない捉え方
太郎が 花子に 荷物を 運ばせる。 ⇔ 太郎が(自分で)荷物を 運ぶ。
太郎が 息子を 銀行へ 行かせる。 ⇔ 太郎が(自分で)銀行へ 行く。

このAは、使役文は原動文の表す事態には含まれない人や事物を項として加え、それを主語にして述べる文だとする捉え方であり、使役文の表現する事態が原動文の表現する事態を含意する。一方Bは、意志動作の引きおこしを表す使役文についてのみあてはまる性質だが、使役文と原動文は、主語である人が原動詞の表す動作を他者に行わせる事態を表す文と自身で行う事態を表す文だとする捉え方であり、両者は異なる事態を表現している。
使役文と原動文との対応関係にこのような2つの側面があることを意識することは、日本語の使役文の性質、また、使役・受身・原動からなる日本語のヴォイス体系の性質の把握に有効だと思われる。具体的にはたとえば次のようなことである。

● Bの捉え方をすることの意義
(ア)意志動作の引きおこしを表す使役文の文法的な意味についての新たな観点。 
「つかいだて(他者利用)」と「みちびき(他者誘導)」 cf.「強制」と「許可」
つかいだて: ・太郎は忙しくて銀行へ行けないので代わりに息子を行かせた。
   ・太郎はひとりでは運べないので業者に頼んで荷物を運ばせた。
みちびき: ・先生は園児たちのよい思い出となるようみなにイモ堀り体験をさせた。
    ・教師は学生が基礎知識を身につけられるようまず入門書を読ませた。

(イ)原動文と使役文と受身文からなる日本語のヴォイス体系
原動文:太郎が花子をなぐる。  :主語(動作主体) =原動作の主体
使役文:太郎が後輩に花子をなぐらせる。:主語(引きおこし手)≠原動作の主体
受身文:太郎が先輩に花子をなぐられる。:主語(被り手) ≠原動作の主体

● Aの捉え方が示唆するもの
(ウ)他動詞・自動詞を含めた日本語のヴォイス体系
《使役と他動》 cf.受身と自動
太郎が冷凍庫で果汁を{凍らせる/固まらせる/固める}。⊃ 果汁が{凍る/固まる}。
先生が生徒を校庭に{来させる/集まらせる/集める}。⊃ 生徒が校庭に{来る/集まる}。

● 全体として
(エ)使役文の構造として大きく次のような二種を考えることができる。
・使役文の典型としての使役構造性をもつもの。
・他動構造性(二項他動構造・再帰構造・三項他動構造)をもつもの。


ドイツ語における他動性と使役・受動
藤縄 康弘(東京外国語大学)

伝統的ドイツ語学の見方によれば、他動詞は、対格目的語を支配する動詞に限られる。たとえ主語のほかに目的語を求める動詞であっても、その目的語を対格以外の格(与格、属格)や前置詞句のかたちで支配する動詞は、他動詞とは見なされず、目的語をまったく要求しない動詞ともども自動詞に分類される。このような分類を行うひとつの利点は、人称受動文が他動詞からのみ形成されるのに対し、自動詞からは非人称受動文しか形成され得ない、という一般化を可能にすることである。
しかし、目的語をどのような格的範疇で支配するかは、動詞の語彙論的な性質である。そうである以上、使役や受動といった態の操作において、いくら対格の振舞いが顕著だとしても、その点に即、統語論的な他動性を認めるわけには行かない。統語論的な問題としての他動性は、まさに対格支配を超えたところに見出されなければならない。本発表では、こうした問題意識に立ち、ドイツ語の態を概観する。取り上げる話題は以下の3つである。

1. 反使役 ドイツ語には反使役の表現形式が2種類ある。再帰代名詞を伴った構文とこれを伴わない、単純な自動詞の構文である。どちらの構文を用いるかは、語彙的に決まっているが、いずれを用いるにせよ、「動作主の介入なしで状態変化が起こる」という骨格的意味は共通である。しかし両者には、自由な与格の解釈をめぐって大きな相違がある。再帰構文による表現では、与格は単に影響を被る人物としか解釈されないのに対し、自動詞構文には「うっかり~してしまう」という非意図的使役の解釈も可能である。この後者の、他動性の高い解釈は、動詞の語彙意味論と密接に関連しつつ、これを超えた次元で動機づけられる。

2. werden受動とlassen使役 上述のとおり、werden受動は、自動詞に適用されると非人称受動を形成するが、非人称受動そのものは、対格を支配しないという意味での自動詞だけでなく、対格を支配する他動詞からも条件次第で形成可能である。他方、lassen使役では、もとの動作主を対格で表示する可能性に加え、受動文での動作主表示であるvonやdurchによる前置詞句もあり得る。その際、この表示は、主に対格を支配する他動詞に見られるほか、対格を支配しないという意味での自動詞の一部でも認められる。また、対格目的語と与格目的語を伴う二重他動詞では、vonやdurchによる動作主表示のみが可能である。つまり、werden受動における対格支配の無効化とlassen使役における対格支配の追加は表裏一体の関係にあり、いずれも、語彙的な対格支配の有無を基準とする他動性・非他動性には還元されない性質である。

3. bekommen + 過去分詞の多義性 werden受動が対格目的語を主語とするのに対し、与格目的語を主語とするには「be­kommen(本動詞としては「もらう」の意味)+過去分詞」構文を用いる。この構文は、伝統的には受動態と見なされてこなかったが、こうした認識の背後には格の問題のほか、別の事情も潜んでいる。この構文は、「~してもらう」という受動的解釈に加え、条件次第で「成功する、できる」という法的解釈も許す。この後者の解釈は、主語が単に動作主的であるという意味で他動性が高いだけでなく、1. で触れた非意図的使役との対比で言うと、所期の結果の達成、つまり意図的使役でもある。しかもこの解釈は、基底動詞の再帰可能性によっても条件づけられており、この点でも1. と比較可能である。

全体として、ドイツ語においても、態の体系に見られる他動性は、動詞の語彙的性質としての対格支配を超えたところに認めることができる。その際、特筆すべきこととして、高い他動性にはしばしば顕在的・潜在的なかたちで与格が関与していることが指摘されるのである。


フランス語の使役文における被使役者の格表示と被動作主性の度合
藤村 逸子(名古屋大学)

フランス語の伝統文法において「他動性 (Transitivité) 1」は動詞の統語論的特徴を指し、目的語として直接目的語をとるのか、前置詞付きの目的語をとるのか、また、完了時制の助動詞としてavoir/êtreのどちらと共起するのかといった問題にかかわる。
一方、Hopper & Thompson (1980)は、言語類型論の立場から、形態統語的特徴としての「他動性1」に意味上対応するのは多数の変数(要因)によって構成される「他動性2」の連続体であると主張した。意味概念の「他動性2」は「ある行為が多に影響を及ぼす度合」とされ、その程度が大きいほど「他動性2」は高く、小さいほど低いと考えられた。形式が離散的であるのに対して意味は連続的であるという考えそれ自体は目新しいものではないが、言語学でそれまでばらばらに扱われていた項目(たとえば動詞アスペクトの完了性と目的語の定性の関係)を「他動性2」の構成要因として一つに纏めて提示したという点は新しく、大きな注目を浴びた。本発表で「他動性」というとき、「他動性2」を指す。
Hopper & Thompson(1980)は、彼らの提案した他動性の構成要因の間には相関性があると考えた(たとえば動詞アスペクトの完了性は目的語の定性と関連がある)が、Tsunoda (1985)、角田(1991)、Fujimura (1990)、藤村(1990)、藤村(2009)などが指摘してきたように、全ての構成要因がそうであるとは言えない。たとえば動作主の「意志性」と被動作主の「被動作性」との間に相関性は認めにくいし、目的語の主題性(Hopper & Thompsonの用語では被動作主のindividuationの度合)と動作主の主題性は矛盾する場合がある。すなわち、他動性の構成要因を安易に一纏めにするのではなく、どの(あるいはどれらの)構成要因が、どの言語、また、どのタイプの言語形式において関与的に働いているのかを問い、「他動性」の構成要因間の関係を精査し、「他動性」のプロトタイプを再考するという作業が必要と考えられる。
本発表では、フランス語の使役構文:faire + 不定詞 + 直目 + à / par + 被動作主(例:faire écrire une lettre à / par Marie (マリーに手紙を書かせる・書いてもらう))における被使役者の表示のàとparの間の交代の現象を対象とする。使役構文は、被使役者が「動作主」と「被動作主」の両方の役割を果たすので、「他動性」に関する議論において、興味深い対象である。また、この交替現象には、不定詞の種類(直接目的語に強い影響を与えるか否か)や直接目的語の主題性などが関与することはすでによく知られており「他動性」のトピックにふさわしい。
本発表では、この現象において重要な要因は、被使役者と直接目的語の「被動作主性」であり、「意志性」などの動作主に関する要因ではないことを、先行研究における記述と、大規模コーパスから得た約1000例の実例の多変量解析結果を提示して示す。そして、「他動性」には下位区分の必要があることを提案する。

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日本フランス語学会webサイト:http://www.sjlf.org/