お ぼ え が き

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日本で発案された人工言語、「アルカ」をご存知でしょうか。エスペラントのような(おもに)ヨーロッパ諸語からつくられたものではなく、ヴォラピュクのようにあらたに(先験的・恣意的に)つくられた言語です。
http://conlinguistics.org/arka/
この発案者が2013年に伊勢原市で元妻に対して殺人未遂事件をおこして逮捕されたことで、ひところ報道をにぎわせましたが、個人的には、事件とは無関係に上記サイトを見ると、人工言語のうらづけとなる考えかたや、アルカそのものの作り込みもよくできていると感じました。そして、数人の協力で、すでにかなり多くのアルカでの著作蓄積もあるのにおどろきました(事件を機に、作者のみならずアルカに対しても、「中二病」などの悪罵が浴びせられましたが、作者と作品を同一視してしまうことのほうがよほど「中二」的だとわたしは思います)。
さらに、これで思い出したのが、京大の東郷雄二先生が月刊誌『すばる』に2002年から2006年にかけて断続的に連載しておられた人工言語論です。
http://lapin.ic.h.kyoto-u.ac.jp/subaru/subaru1.html
http://lapin.ic.h.kyoto-u.ac.jp/subaru/subaru2.html
http://lapin.ic.h.kyoto-u.ac.jp/subaru/subaru3.html
http://lapin.ic.h.kyoto-u.ac.jp/subaru/subaru4.html
http://lapin.ic.h.kyoto-u.ac.jp/subaru/subaru5.html
http://lapin.ic.h.kyoto-u.ac.jp/subaru/subaru6.html
http://lapin.ic.h.kyoto-u.ac.jp/subaru/subaru7.html
http://lapin.ic.h.kyoto-u.ac.jp/subaru/subaru8.html
http://lapin.ic.h.kyoto-u.ac.jp/subaru/subaru9.html
http://lapin.ic.h.kyoto-u.ac.jp/subaru/subaru10.html
東郷先生による、人工言語には秘教的なところがある、という指摘はアルカにもあてはまるように思います。この視点からいうと、エスペラントは、由来こそ人工言語ですが、denaskaj Esperantistoj (生得的エスペランティストたち;両親がエスペラントを介して国際結婚したこどもたちは、生まれながらにエスペラントを話す) もいますし、かなりいわゆる「自然言語」に近くなっているといえましょう。
もっとも、わたし自身が共著書『フランス語学小事典』にも書きましたように、人工言語・自然言語という分類そのものが、明確な境界をもっていない、ということでもあります。たとえば、インドネシア語は、海峡マレー語を基礎に人工的に構築された共通語ですので、やはり由来としては「人工言語」というべきでしょう。