お ぼ え が き

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 カタルーニャ語や、オック語の一部(ガスコーニュなど)で、<「行く」型移動動詞+不定法>の迂言形が未来ではなく過去をあらわすようになっていることは、つねづね不思議に思っております。
 これについては、モンペリエ大学のオック語学者 Gérard Joan Barceló の論文、
 を最近よみかえし(というのも、2009年にはじめて未来時制に関する論文を書いたとき、いちどはよんだのですが、そのときは単純未来形におもな関心があったので、迂言的時制についてはまだ考えておりませんでした)、「認知派」のなかでも生半可なひとがいいそうな、「行く」の方向性がふたつあるからだ(moving-time metaphor と moving-ego metaphor)というのは、カタルーニャ語やオック語に関してはまったくのまちがいで、過去用法が出てきたのは、語りの文脈(つまり、完全に時間の流れにそう叙述)で、過去に視点をおいてつねに未来方向へと話をすすめていたことから、「行く先としての未来」が過去におかれた、というのが正しい解釈だといまさらながらに確信しました。つまり、過去用法も未来用法も一貫して moving-ego metaphor だけなのです。
 ちなみに、カタルーニャ語の迂言的過去形について、コレージュ・ド・フランス名誉教授のクロード・アジェージュ(Claude Hagège)大先生の所説が完全にここでいうmoving-time metaphor の臆見にはまっていしまっています。

 With the regard to the time before ego's discourse, then, the itive implies motion starting from ego, crossing a past event which has really occurred, and becoming thereafter more and more distant from ego. This explains such Catalan examples as (110) below, in which the itive indicates the past:
(110) Ahir vaig esmorzar amb el meu germà.

------Claude Hagège (1993) : The Language Builder, John Benjamins, p.103

 ここでいう itive はラテン語 ire から作ったものなので、「行く」型移動動詞をさします(ときに antative ともいわれます)。
 アジェージュ大先生によると、カタロニア語で「行く」型移動動詞が過去をあらわすにいたったのは、「すぎさって、遠ざかってゆく過去」という考えかたからだというわけですが、上述のように、これはとんでもない間違いです。

 くろしお出版で来年発刊予定の論文集にわたしも書くことになっているのですが、このあたりの事情もふくめて、フランス語および西ロマンス諸語における「行く」型移動動詞の文法化について書いてみようか、と思案しております。
 こころおぼえのために、すでによんだもの、これからよみたいものをとりまぜて、参考文献を書いておきます。

[翌日追記] 偶然見つけた論文、
 によると、なんと、ガリシア語にも<「行く」型移動動詞+不定法>で過去をあらわす用法があるそうです!!!
 はじめて知りました!!!