お ぼ え が き

アール・デビュタントURAWA2010
8月11日から17日
10時から20時 (最終日は16時まで)
伊勢丹浦和店7階美術画廊(JR浦和駅西口)

 筑波大学でわたしの授業に出てくださっていたことのある小柳優衣さんが、この展覧会のオーディションで選抜され、出展しておられます。おめでとうございます。
 わたしも8月13日の午後に、たのしみに見にゆく予定です。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100720-00000138-jij-int
からの引用:

機内窃盗、捕らえてみれば乗務員=成田発エールフランス、日本人ら被害
7月20日19時2分配信 時事通信

 成田発パリ行きのエールフランス航空機内で1月、ビジネスクラスの乗客が現金を盗まれた事件で、フランス警察当局は20日までに、同航空客室乗務員の女(47)を窃盗などの容疑で逮捕した。同日付の仏紙フィガロが、捜査筋の話として報じた。
 1月の事件では、日本人3人を含む乗客5人が、バッグなどに入れていた計4000ユーロ(約45万円)相当を盗まれた。同月以降、アジア便を中心に少なくとも142便で盗難が発生。女は26件について関与を認め、経済的事情で昨年3月から盗みを始めたと供述しているという。

 こういうことって、あるんですねえ。しかも、「少なくとも142便で盗難」というのは、はなはだしいですね。
 わたしも9月のチュニジア出張でエールフランスを利用する予定ですが、、、あ、そうか、航空関係のみなさんに往々にして「カーゴ」と揶揄されている、われわれエコノミーの乗客は、はなから考慮外ですね。はっはは。

メーリングリストでながれたお知らせから引用:




日本フランス語学会夏期談話会

日時:7月17日(土)15:00-18:00
場所:慶應義塾大学三田キャンパス大学院校舎(マップ【8】)4階 342教室
http://www.keio.ac.jp/ja/access/mita.html
日本フランス語学会員でない方の参加も自由です。
たくさんの皆さまのお越しをお待ちしております。

テーマ:「幕末の日本開国前後における西洋語・文化の受容とその影響」
パネリスト:
市川慎一(早稲田大学名誉教授)「日本人のフランス語との最初の出会い
-長崎通詞本木正栄らの忘れられた偉業-」
大橋敦夫(上田女子短期大学)「洋学資料が語る日本語の歴史」
岡田和子(筑波大学)「江戸時代の日本人はどのような和蘭語を学んだか」
司会:塩田明子(慶應義塾大学)

<要旨>
「日本人のフランス語との最初の出会い-長崎通詞本木正栄らの忘れられた偉業-」市川慎一
1807年(文化四年)、長崎のオランダ商館館長ヘンドリック・ズーフ(1777-1835)は
長崎奉行から未知の外国語で認められた書簡を手渡され、そのオランダ語訳を求められた。
その書簡とはロシア人がフランス語で書いた一種の脅迫状で、日本人がはじめて目にする、
新しい外国語だった。こうして、十八世紀末から、日本近海に出没する異国船への対応に
も迫られた幕府は、フランス語や英語の習得をオランダ通詞に急遽、命じざるをえなくな
ったのである。
幸いなことに、オランダ商館館長ズーフにフランス語の知識があり、彼の所有したピーテル
・マリーン『フランス語およびオランダ語の新方法』(1775年版)を手がかりにして、彼は
長崎の本木正栄[庄左衛門]ら六人のオランダ語通詞にその中身を口述させた。その結果、
長崎市立博物館に草稿のまま残されたのが、「払郎察辞範」と「和仏蘭対訳語林」である。
ただ、私は、岡田和子氏のようにオランダ語が読めませんので、当日の発表は、本木らの
偉業の一部(フランス語と日本語)を具体的に紹介しながら、彼らの血のにじむような努力が
未完成に終わった理由について、私の推論を述べてみたい。

「洋学資料が語る日本語の歴史」大橋敦夫
洋学資料を補助線のようにしてとらえられる日本語の特質・日本語の歴史について
述べてみたいと存じます。日本語資料に洋学資料を加えることで見えてくる音韻・
文字・語彙・語法・文体の特質にふれつつ、日本語史の解明に貢献する事例を
取り上げます。これらを通じ、自身の研究課題と斯界の今後の展望についても、
ふれられればと願っております。

「江戸時代の日本人はどのような和蘭語を学んだか」岡田和子
江戸~明治期の日本人はどのようなどのような語学を学んだか、と言うことでお話させて
戴きたく思います。
私たちは何気なく英文法、フランス語文法、ドイツ語文法とかと言っておりますが、欧州で
これら各国文法が成立したのは、ルネッサンス~大航海時代の頃。ところが、このときの
文法は、私たちが知っている現代の文法と内容的に異なっていました。 たとえば、英語を
例にとると、loved という普通の過去形が、現在と関係する「過去の現在」で、 have loved
が現在とは何の関係もない「孤立過去」「真の過去」だったのです。
江戸時代の日本人は、このような、現代とは逆転している文法を学んでいたのです。 蘭学が
日本中に広まった安政年間の文法も、このような逆転文法でした。
ところが、欧州に新たな言語学の波が起こりーー何が起こったのでしょうかーー、 have loved
こそが現在と関係する時制だということになってまいります。 この動きがわが日本で顕在化
するのは、ちょうど明治維新の頃で、 過去形と現在完了形が現代のようになった最初は、明治
17年の英語でした。 ドイツ語の時制が切り替わるのは、英語よりさらに10年後のことになります。
このお陰で、明治30年くらいまでの文法は、過去形と現在完了形が混乱しています。 ですが、
これは、当時の人が誤解したわけではなく、当時の文法が変動期だったためなのでした。

 講演会のお知らせ

 以下の要領で講演会を開催いたします。関心がおありのかたは、どなたでもご参会ください。

 題目:矛盾文と自然言語における規範性の源泉
 講演者:酒井 智宏 (東京大学学術研究員)
 日時:2010年9月3日 (金) 15時から17時
 場所:筑波大学人文社会学系棟B519

 なお、終了後懇親会を開催いたします。

 この講演会は、科学研究費補助金 (基盤研究(C)) 課題番号20520348「フランス語および日本語におけるモダリティの意味論的研究」(研究代表者:渡邊淳也)により実施されます。
http://www.persee.fr/articleAsPDF/lgge_0458-726x_2001_num_35_142_881/article_lgge_0458-726x_2001_num_35_142_881.pdf

http://www.persee.fr/articleAsPDF/lfr_0023-8368_1999_num_123_1_6294/article_lfr_0023-8368_1999_num_123_1_6294.pdf

http://www.persee.fr/articleAsPDF/lfr_0023-8368_1999_num_123_1_6293/article_lfr_0023-8368_1999_num_123_1_6293.pdf

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