お ぼ え が き

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日本フランス語学会第315回例会

日時: 2017年9月30日(土) 15:00-18:00
会場: 早稲田大学文学学術院 (戸山キャンパス) 33号館16階第10会議室

(1) 小川 彩子 (関西学院大学大学院研究員)

「<強勢形人称代名詞+関係節>型構文についての一考察」

(2) 佐々木 幸太 (関西学院大学非常勤)

「X mettre Y Z 再考: Y と Z が人の場合」

司会: 守田 貴弘 (京都大学)

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(1)小川 彩子「擬似関係節と「言いさし文」―「ノニ節」型を中心に― 」

関係節には一般的に、制限的関係節、同格的関係節、擬似関係節の三種類があるとい
われているが、朝倉(2011)は先行詞が「人称代名詞のように特定のものを表わすときは、
関係節は一般的に同格的」と述べていることから、(1)-(3)の下線部はすべて同格的関係
節であるようにも思える。
(1) Moi qui vous parle, j’ai vu Napoléon une fois, à Chartres. (Zola, E. La Terre)
(2)(Jules Verne の « le Rayon vert »を読んだかと聞かれ)
Je l'ai terminé. Ah oui, je l'ai terminé, et effectivement, moi qui n'aime pas
beaucoup Jules Verne, j'ai trouvé que ce Rayon vert était quelque chose d'assez
extraordinaire. (Le Rayon vert, film d’Eric Rohmer, 1986)
(3)(ポリーヌは慈善活動として、恵まれない子供たちのためにキナワインを作って
いる。ある少女の父親がそのワインを飲んでしまったと聞き)
Moi qui prends la peine de le fabriquer ! disait Pauline.( Zola, E. La joie de vivre)
しかし、関係節が主節の主語の同格として機能している(1), (2)とは異なり、(3)から関
係節を省くと主節がなくなってしまうことから、(3)は同格的関係節ではなく擬似関係
節であると推測される。
また、(1), (2)は統辞的に完全な文であるのに対し、擬似関係節を用いた(3)は統辞的に
は名詞句であり文として不完全である。しかし、内容的には「わざわざ作っているのに」
というようにワンブロックで事態を表現しており「文」としてみなされる。この統辞的
には文として不完全であるという点および内容的には完全な「文」と同等の完結性を有
するという点において、(3)は日本語学でいう「言いさし文」(例として(4)の下線部)と
類似性があるのではないか。
(4) 永尾「(苦笑)-お邪魔します」
リカ「適当に座っちゃって」
永尾、座る-と、テーブルの上に置いてあった作りかけのジクソーパズルを引っ
掛けて、引っ繰り返してしまう。
永尾「あ」
リカ「え、あーっ!」
永尾「悪い-」
リカ「あー、後ちょっとで出来上がりだったのに」
(柴門ふみ『東京ラブストーリー』白川(2009 : 8-9))
本発表では、まず(3)のような<強勢形人称代名詞(以下、「強勢形」とする)+擬似
関係節>は、日本語学でいう「言いさし文」のうちの「ノニ節」型に相当する表現であ
ることを示す。次に、<強勢形+擬似関係節>と<一般的な名詞句+擬似関係節>の比
較対照を行い、後者の表現についても「言いさし文」に相当するケースがあるか否かに
ついて考察を行う。そして最後に、「言いさし文」としての機能を有する<強勢形+擬
似関係節>は、元をたどれば同格的関係節から生じたものであるという仮説を立て、そ
の立証を試みる。
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(2)佐々木 幸太 「X mettre YZ 再考:Y または Z が人の場合」

本発表は,フランス語の開始アスペクトに関する研究の一環である.
mettre の行為主体を X,行為対象を Y,行為後の Y のありかたを Z とする.フランス語では,X が
「Y が Z にあること」(以下,YZ)を実現させることを mettre で表すことがある.
(1) De ma vie je n'aurai mis autant de sucre dans une petite tasse de café.(Bianciotti, H., 1995, le pas si
lent de l'amour : 127)
(2) Le travail n'est pas très prenant : on se lève juste pour aller mettre en marche les machines, on
engrange les données. (Le Monde, 2003 / 08 / 13 : 16)
(1) では砂糖をコーヒーカップに入れることを,(2) では機械を稼働状態にすることを mettre で表し
ている.
mettre の基本的な働きを扱う研究には,Saunier (1996, 1999) がある.Saunier の指摘は示唆に富んで
いるが,曖昧な部分が残っている.たとえば,Y または Z が人の場合,(3)-(5) のように mettre の容認
度が下がることがあるが,Saunier は容認度が変化する仕組みを十分に明らかにしていない.
(3) ? Claude a mis Dominique sur la chaise.
(4) ? Claude a mis Dominique à chanter.
(5) ?? Claude a mis un cadeau à Dominique.
本発表では,まず Saunier の問題点を指摘し,話し手が で何を表すかを発話例の分析
にもとづいて考える.そして,Y が人の場合と Z が人の場合について,mettre の容認度が変化する仕組
みを明らかにする.
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*早稲田大学文学学術院 (戸山キャンパス) へのアクセス
http://www.waseda.jp/top/access/toyama-campus
*戸山キャンパス構内案内図
http://www.waseda.jp/top/assets/uploads/2014/08/edb11e6c82861fa22b605950bcfdee00.pdf
*学会ホームページ
http://www.sjlf.org/
*日本フランス語学会事務局
〒162-8644 東京都新宿区戸山1-24-1
早稲田大学文学学術院 酒井智宏研究室内 日本フランス語学会
東京フランス語学研究会 第34回研究会

東京フランス語学研究会では、第34回研究会を以下の要領で開催いたします。
関心のおありのかたは、どなたでもご参会ください。

日時: 2017年9月30日(土) 13時から14時30分
会場: 早稲田大学文学学術院 (戸山キャンパス) 33号館16階第10会議室
発表者: 田代雅幸 (筑波大学大学院)
題目: 連辞par contreとen revancheについて

#早稲田大学文学学術院(戸山キャンパス):
 http://flas.waseda.jp/flas/access/

この研究会で発表を希望なさるかたは、下記ホームページの「お問い合わせ」の項目から、世話人あてにご連絡ください。

#東京フランス語学研究会ホームページ:
 http://lftky.jimdo.com/

世話人:渡邊淳也(筑波大学)・塩田明子(慶應義塾大学非常勤)
PDFを白黒に変換:
https://forums.adobe.com/thread/2179890
http://munibus.hatenablog.com/entry/2014/09/22/230410
PDF ファイルにトンボを追加する方法(Acrobat Pro DC):
https://helpx.adobe.com/jp/acrobat/kb/233377.html
ひとつのセルなのにページ境界で罫線が入るのを消したい
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1113321951
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/207669
からの引用:

次々バレる安倍さまのための嘘 姑息な幕引きは大失敗
2017年6月17日 日刊ゲンダイ

「天知る、地知る、我知る、人知る」

 ウソにウソを重ね過ぎて、安倍サマの取り巻きたちも一体、何が真実なのか分からなくなっているに違いない。安倍首相の「腹心の友」である加計孝太郎氏が理事長を務める学校法人「加計学園」(岡山市)の獣医学部新設をめぐり、「総理のご意向」や「官邸の最高レベルが言っている」と書かれた文書の存否問題。文科省で再調査した結果、民進党が入手して確認を求めた19文書のうち、14文書の存在が確認されたほか、内閣府から文科省担当者へ送られたメールの存在も新たに判明。メールには、国家戦略特区を所管する内閣府の藤原豊審議官の発言として、萩生田光一官房副長官が、昨年11月の特区諮問会議が獣医学部新設を認めた文書(原案)の設置条件に「広域的」の文言を追加するよう指示した――と記されていた。

 再調査でようやく、コトの発端となった文科省職員による「内部告発」の内容が真実だったことが裏付けられ、やはり官邸が主導して「加計ありき」で獣医学部新設の話が進められていた可能性がさらに強まったワケだ。

 松野博一文科相は「文書の存在は確認できなかった」と発表した前回調査について、シレッとした表情で「大変申し訳なく、真摯に受け止めている」と謝罪したが、複数の文科省職員が「文書は省内パソコンにある」との声を上げていたにもかかわらず、聞こえないフリをして事実上の隠蔽を図っていた張本人である。ズサンな調査とウソで幕引きを図ろうとした責任は極めて重大だろう。

 松野と一緒に内部文書の存在を必死に隠そうとしていたのが義家弘介文科副大臣。参院農林水産委では「行政運営上のプロセスを上司の許可なく外部に流出されることは、国家公務員法違反になる可能性がある」と発言。明らかに内部告発した職員の処分をチラつかせたドーカツだ。「ヤンキー先生」と呼ばれ、過去には北海道内の私立高の教師だった経歴の持ち主だが、今の姿を見る限り、イジメを見て見ぬふりする陰湿教師と何ら変わらない。安倍政権は「道徳の教科化」を声高に叫んでいたが、松野も義家もどのツラ下げて子どもに道徳を説けるのか。

■部下をスパイ扱いした山本大臣のホンネ

 文科省の再調査結果を受け、急きょ実施された内閣府の調査内容を公表した特区担当の山本幸三地方創生担当相はもっと最悪だ。

 山本は、ヒアリング対象となった9人の職員すべてが「(総理のご意向などと)発言していないと回答した」とする一方、内閣府から文科省へのメールの存在は認めた上で、追加条件を指示したのは萩生田ではなく、山本自身だったと明かした。

 だが、たった数人の職員の聞き取り調査だけで事実関係が明らかになるワケがない。なぜ議事録をきちんと精査、確認しないのか。それとも内閣府では会議や他省庁とやりとりした内容を文書で保存しない役所なのか。あり得ない話だ。メールになぜ、萩生田の名前が記されていたのかの説明も一切ナシ。そんなインチキ調査の結果を基に「総理のご意向はなかった」と断言している。これぞ三百代言だ。揚げ句、きのうの参院予算委では、内閣府から送信されたメールについて「文科省の出向職員がカゲに隠れてご注進のようなメールを出向元に送っていた」と仰天答弁した。自分の部下をスパイ扱いするとは、いやはや、内閣府職員も唖然ボー然だろう。元文科省審議官の寺脇研氏(京都造形芸術大教授)がこう言う。

「山本大臣の発言には呆れました。『文化学芸員はがん』と発言して問題になりましたが、自分の部下もがんと思っているのではないか。部下を平気で切り捨てるような政治家が地方創生を担当していることがおかしい。とにかく謝罪は口先だけで、事実解明する気もなく、反省もしていない。本当にヒドイ政権です」

閣僚や官僚が息を吐くようにウソをつく原因は安倍首相にある

 安倍サマを守るための詭弁、ウソの中でも、極めて悪質だったのが菅官房長官の発言だ。

 菅は内部文書をハナから「怪文書」と切り捨て、野党が再調査を求めても「我が国は法治国家。法令に基づいて適切に対応している」と取り付く島もなかった。しかもだ。菅は文科省が再調査する前に内部文書の存在を認めた前川喜平前文科次官を執拗に“口撃”。読売新聞の出会い系バー報道に乗っかり、「教育行政の最高の責任者にあるまじき行為」「地位に恋々としがみついていた」などと前川証言をおとしめる発言を連発。だが、その「怪文書」は事実と判明。つまり、菅の完敗となったのだが、謝罪や発言撤回はナシ。それどころか「怪文書という言葉が独り歩きしたことが残念」「当時の状況と違う」などと開き直っているから呆れる。

 安倍と同じで、間違いを絶対認めず、言い逃れに終始する表情は悪相ここに極まれりだ。

■「閣議決定」の乱発で安倍発言擁護の愚

 内部文書が確認され、前川証言が真実と認定された意味は大きい。前川前次官が会見で明かした通り、“アベ友”に便宜を図るために「行政がねじ曲げられたのではないか」という話の信憑性がより高まったからだ。安倍サマを守るために大臣から現場職員に至るまで「あるもの」を「ない」とウソをつき通し、政策をねじ曲げる――。親友を厚遇し、国政を私物化した疑獄で罷免された韓国の朴槿恵前大統領もビックリだ。

 親が親なら子も、ではないが、閣僚や官僚が息を吐くように国民にウソをつく歪んだ状況になったのもまた、安倍自身がウソつき政治家だからだろう。精神科医の和田秀樹氏は一昨日(15日)の文化放送のラジオ番組「SAKIDORI!」で、安倍の人間性をこう分析していた。

「安倍首相は一般家庭ではなく政治家の家庭に生まれたので、子どものころから『ウソをついてもかまわない』という教育を受けていたのだと思います。とにかく、その場をごまかせればいいという感覚を持っているのではないかと疑います」

 良心の呵責を感じるマトモな神経の持ち主であれば、とてもじゃないが、あれほど多くのウソはつけない、というのだ。そして、今やそんなウソつき安倍を守るためのウソが霞が関や永田町で常態化していると言っていい。それは安倍政権が乱発している「閣議決定」の異様さを見ても一目瞭然だ。

 閣議決定は本来、法律や予算など国政に関する重要事項について、内閣の意思決定が必要と判断したものについて、全閣僚が合意し、政府方針を決定する手続きだ。ところが最近は違う。

「森友学園の国有地払い下げで政治家からの不当な働きかけはなかった」「安倍首相の妻・昭恵氏は公人でなく私人」「そもそもという言葉には、基本的にという意味もある」「安倍首相はポツダム宣言を当然読んでいる」……。一体どこが国政に関する重要事項なのか。どれもこれも安倍発言を擁護する内容ばかりだ。

 政治評論家の森田実氏はこう言う。

「19世紀後半のイギリスの政治家、グラッドストンは『政治の目的は善が為し易く、悪の為し難い社会をつくることにある』と言い、同じイギリスの政治家、ディズレーリは『誠実に勝れる知恵なし』と言っています。2人の言葉に共通するのは、政治の目的は人間的善の追求にあるということです。正反対なのが国民にウソばかりついて不誠実極まりない安倍政権です。ウソがバレても平気の平左。責任を役人に押し付け、自分たちだけは甘い汁を吸い続けている。これほど魂が腐った政治家たちは見たことがない。森友、加計問題でこの卑しい本性が国民にも分かったと思う。何としてでも引きずり降ろさないと、この国はとんでもないことになります」

 安倍政権は国会が閉会してしまえば国民は加計問題を忘れるとタカをくくっているのだろうが、塗り固めたウソがバレて幕引きのシナリオは完全に崩れた。さらなる徹底解明を求める声が強まるのは必至で、逃げ切れると思ったら大間違いだ。

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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170617-00000052-mai-pol
からの引用:

<菅氏>「怪文書」で誤算 「鉄壁ガースー」決壊
2017年6月17日 毎日新聞

 安倍晋三首相が国家戦略特区でお友達の利益を図ろうとしたと追及されている学校法人加計学園の一件で、菅義偉官房長官が「怪文書」と断じた「総理のご意向」文書の存在を文部科学省が認めた。長官在任期間が歴代最長で、鉄壁と言われてきた菅氏の危機管理が、ここへきて破綻したのはなぜか。【福永方人、佐藤丈一】

 これまで閣僚の醜聞や失言で批判が高まるたびに、落ち着き払って「そのような指摘は全く当たらない」などと一蹴し、火消ししてきた菅氏。ネット上では「安定のガースー」とも呼ばれている。

 問題の「総理のご意向」「官邸の最高レベルが言っている」という内部文書を朝日新聞が5月17日に報じた当初も、「意味不明の文書」と取り合わなかった。「存在は確認できなかった」という19日の文科省の即日調査で逃げ切ろうとした。

 文科省の前川喜平前事務次官の記者会見で潮目が変わる。前川氏が「出会い系バー」に出入りしたとする読売新聞報道を受け、菅氏は異例の個人攻撃を展開した。それでも流れは変わらず、土俵際に追い詰められた。

    ◇

 「鉄壁」はなぜ崩れたのか。

 企業に危機管理を指南する「リスク・ヘッジ」の田中辰巳社長は「危機管理どころか、むしろ危機『喚起』をやっている」と菅氏を酷評した。「これまで対応がうまくいっていたわけではない。批判にまともに取り合わず問題を先送りしてきただけです」。危機管理の生命線である「展開の予測」ができていない--という。

 今回の問題について「国民は真相究明を求めているのに、やましいことがあるからなのか、調査を拒むという正反対の対応を取った」と分析。「前川氏の人格攻撃も証言の信用性を落とす狙いだったのだろうが、地位を失った人は死ぬ気で向かってくる。危機管理に全くなっていない」とあきれて言う。

 「冷静沈着という印象だが、安倍晋三首相と似て感情が先に立ち、痛いところを突かれると猛反撃する人」と語るのは「総理の影 菅義偉の正体」(小学館)を著したノンフィクション作家の森功さん。「思い入れが先に立つタイプで、自分が疑惑を抑え込まなければ、という責任感から『怪文書』などと言ったのでは。判断を完全に誤り、明らかなうそを押し通そうとした」

 別の見方もある。

 国際医療福祉大の川上和久教授(政治心理学)は「一見、裏目に出ているようだが一定の計算も感じる」と言う。「前川氏をはじめ獣医学部新設を長年認めてこなかった文科省に厳しい姿勢を示し続けている。これにより規制改革推進派を決起させ、同省を含めた抵抗勢力を一気に潰す狙いは捨てていない」と指摘する。

 「怪文書」が実在していたことについて菅氏は15日、記者会見で「言葉が独り歩きしていることはきわめて残念」と“被害者”のように振る舞った。しかし、16日には参院予算委員会で「文書の出所が明らかになり(怪文書というのは)現在の認識でない」と発言撤回に追い込まれた。
東京フランス語学研究会第33回研究会

東京フランス語学研究会では、第33回研究会を以下の要領で開催いたします。
関心のおありのかたは、どなたでもご参会ください。

日時: 2017年6月17日(土) 13時から14時30分
会場: 早稲田大学文学学術院 (戸山キャンパス) 33号館16階第10会議室
発表者: 井上大輔 (上智大学大学院)
題目: 意見を表す動詞の補足節における叙法選択とポリフォニー

#早稲田大学文学学術院(戸山キャンパス):
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#東京フランス語学研究会ホームページ:
  http://lftky.jimdo.com/

世話人:渡邊淳也(筑波大学)・塩田明子(慶應義塾大学非常勤)
日本フランス語学会第314回例会

日時: 2017年6月17日(土) 15:00-18:00
会場: 早稲田大学文学学術院 (戸山キャンパス)33号館16階第10会議室

(1) 西脇 沙織 (フランス国立パリ社会科学高等研究院博士課程修了)

「命題的現象と発話事象的現象:アイロニーを例として」

司会: 酒井 智宏 (早稲田大学)

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(1) 西脇 沙織 (フランス国立パリ社会科学高等研究院博士課程修了)「命題的現象と発話事象的現象:アイロニーを例として」

一般に,発話の意味は命題 (proposition, contenu propositionnel, contenu) と命題以外の要素,いわゆる発話事象 (énonciation, contenu énonciatif, attitude) の2部門に分かたれる.従来,アイロニーは発話事象の性質によって生じる発話事象的現象だとされてきた.本発表では,アイロニーを命題の性質によって生じる命題的現象として捉え直す.具体的には,アイロニー発話における起源 (origine, source) の問題を扱い,アイロニー発話の命題は話者以外の誰かによって構想されるというSperber & Wilson (1978) の説明,話者自身によって構想されるというDucrot (2010) の説明に対して,アイロニー発話の命題は他者によって構想されることも,発話者自身によって構想されることもあることを示す.それに基づいて,命題の起源はアイロニー成立に直接的な関係はなく,同一の対象が言語的に2度, 相反する2つの方法で記述されるという命題そのものの性質のみがアイロニー成立を可能にすることを述べる.

参考文献
DUCROT, O. (2010), “Ironie et négation”, V. ATAYAN, U. WIENEN. (eds), Ironie et un peu plus. Hommage à Oswald Ducrot pour son 80ème anniversaire, Frankfurt am Main, Peter Lang, 169-181.

SPERBER, D. & D.WILSON (1978), “Les ironies comme mentions”, Poétique, 36, 399-412.

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*早稲田大学文学学術院 (戸山キャンパス) へのアクセス
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*戸山キャンパス構内案内図
http://www.waseda.jp/top/assets/uploads/2014/08/edb11e6c82861fa22b605950bcfdee00.pdf
*学会ホームページ
http://www.sjlf.org/
日本フランス語学会2017年度シンポジウム

学会員以外の方のご参加も歓迎です。多数のご参加をお待ちしております。

テーマ:「総称文の対照言語学
     ー英語・スペイン語・フランス語における総称ー」

日時:2017年6月3日(土) 10:00-12:00
会場:東京大学駒場キャンパス 5号館 525教室
キャンパスまでのアクセスは以下のアドレスをご覧下さい。
http://www.u-tokyo.ac.jp/campusmap/map02_02_j.html

申し込み:不要(直接会場にお越し下さい)
参加費:無料

パネリスト:
岩部浩三(山口大学、英語学)
二宮哲(獨協大学、スペイン語学)
東郷雄二(京都大学名誉教授、フランス語学)
企画:武本雅嗣、司会:小田涼

プログラム:
10時~10時30分:岩部浩三「総称文の多様性と認知能力の複合性仮説」
10時30分~11時:二宮哲「総称文と談話条件」
11時~11時30分:東郷雄二「総称の意味はどこから生まれるのか」
11時30分~12時:ディスカッション(パネリスト+フロア)

***

「総称文の多様性と認知能力の複合性仮説」 岩部 浩三(山口大学)

 近年,Leslie (2007, 2008)によって、総称文研究が新しい展開を見せている。彼女は子供が量化詞を身につける前に総称文を使えるようになることから,総称文は人間が生まれながらに持つデフォルト的認知能力を反映した表現であると主張している。デフォルト的認知能力は身の危険を避けることと密接に結びついており,例えばSharks attack bathers(サメは海水浴客を襲う)のようにごく少数の実例しかないのに受け入れられるStriking Genericに典型的な例が見られる。一方で,この能力が人間に対して適用された場合,Muslims are terrorists(イスラム教徒はテロリストだ)のように社会的偏見に結びつく危険性も孕んでいる。
 本発表では,英語総称文には3つの形式があり,それらが使い分けられていることに注目する。総称文すべてがデフォルト的認知能力を反映するのではなく,それに対応するのは無冠詞複数形だけであり,不定単数形はむしろ大人の認知能力を反映した形式であると仮定する。そうすれば,不定単数形のStriking Genericが不自然であること,不定単数形総称文が量化を伴うこと,どの言語にも総称文の形式が複数あるらしいこと,デフォルト的認知能力に伴う社会的偏見を克服できる可能性があること,等の課題に解決の見通しが得られることを論じる。
 以上のような考察を踏まえて,フランス語やスペイン語との比較,さらには冠詞も単複の区別もない日本語総称文における使い分けの可能性等をディスカッションできればと考えている。


「総称文と談話条件」 二宮 哲 (獨協大学)

 他の多くの言語と同様、スペイン語にも総称文に特化した文や名詞句の形態はない。では総称文とはどのような条件下で成立するのか。本発表では、話し手と聞き手を中心とした談話条件を軸に総称文を成立させる環境について考察する。
 まず、主語名詞句の形態に即したスペイン語総称文の現れ方を観察する。基準として、話し手と聞き手が総称文に現れる主語名詞句をどのように捉えるのかを利用する。総称文中の定冠詞単数・複数、不定冠詞単数を伴った主語名詞句は談話テクスト内の要素や発話の場に存在する対象を指示する表現ではないことから、話者の「(百科事典的)知識」の内部を検索していることが確認できる。
 本発表では、定冠詞単数・複数、不定冠詞単数を伴った主語名詞句の全ての形態における共通の談話条件である「総称文中の名詞句がテクスト内や発話の場に指示対象を持たないこと」に注目する。これにより、総称文中の主語名詞句がテクスト内の語句と語彙的・意味的結束関係(Halliday and Hasan 1976)がある場合(談話としての文法的一貫性がある場合)に、指示的結束関係を捨てることで総称性が現れると考えることができる。このことは、多くの言語に共通した総称文の出現する談話条件であると考えられる。


「総称の意味はどこから生まれるのか」 東郷雄二

 総称文という特別の構文を持つ言語はおそらくない。総称文はごく普通の文型である。したがって総称の問題は、構文(統語論)の問題ではなく、意味解釈の問題である。総称の意味がどこから、どのような経路をたどって生まれるのかを問わなくてはならない。
 総称研究に一時期を画したCarlson, N. et al. (eds) The Generic Book, 1995以来、総称を隠れた量化子GENによって分析するのが主流になった。しかし近年になって量化によらない分析を主張する研究が目に付くようになってきた。
 フランス語には次のような総称文のタイプがある。
 a)[不定冠詞単数]Un carre a quatre cotes. 正方形には辺が4つある。
 b)[定冠詞単数]Le vin est meilleur que la biere. ワインはビールよりおいしい。
 c)[定冠詞複数]Les lions vivent en Afrique. ライオンはアフリカに生息している。
若干マージナルながら次のタイプもある。
 d)[不定冠詞複数]Des lions blesses sont vulnerables. 手傷を負ったライオンは攻撃に弱い。
 e)[指示形容詞複数]Ah, ces experts ! ああ、あの専門家って奴は。
 このシンポジウムでは次のことを検討してみたい。
(I) 上のa) にのみ隠れた量化子GENによる量化分析を支持する。ただし個体量化ではなく、状況量化によって総称の意味を得る。
(II) 上のb) に量化は関係しない。le vinは、発話状況・言語文脈との紐帯の欠如により、共有知識に存在する個体としての類 (a kind as an individual) を指す。これは定冠詞の通常の働きである。
(III) 上のc)も量化ではない。les lionsは共有知識に登録された個体の最大集合 (sum of individuals)を指す。

***

日本フランス語フランス文学会春季大会のプログラムは次のページにあります。
http://www.sjllf.org/taikai/?action=common_download_main&upload_id=1213

お知らせは以上です。

日本フランス語学会シンポジウム企画委員 小田涼・武本雅嗣
Word 囲み記事の装飾
http://121ware.com/qasearch/1007/app/servlet/qadoc?QID=007114
Googleドライブで画像やPDFをOCRにかける方法
https://keikenchi.com/new-google-drive-image-pdf-to-ocr


『シャルリー・エブド』に、フランス大統領選挙のマクロンとルペンの決選投票に関する論評がのっていた。
いわく、「1981年、死刑が廃止されたとき、死刑判決の執行を待つ囚人以外に、いったい何人のフランス人がそこから個人的利益をひき出しただろうか。大きな決定は、個人的利益を得る市民の数に比例しない。まず自分のために投票するのではなく、他人のために投票するのだ。そのため、かならずしも自分の個人的利益に役立つのではなく、まず(一般的な)価値に役立つような票を投じるのだ。
あの悪名高い『シャルリー・エブド』の紙面だが、一般に思われているような挑発的な論調はまったくなく、きわめて常識的に感じる。
あ、単純未来形にマーカーがひっぱってあるのは、わたしの研究の関係です(笑)。
東京フランス語学研究会第32回研究会

東京フランス語学研究会では、第32回研究会を以下の要領で開催いたします。
関心のおありのかたは、どなたでもご参会ください。

東京フランス語学研究会第32回研究会
 日時: 2017年5月13日(土) 13時から14時30分
 会場: 早稲田大学文学学術院 (戸山キャンパス) 33号館16階第10会議室
 発表者: 伊藤玲子 (東京外国語大学大学院)
 題目: 現代フランス語における前舌母音[a]の前の破裂音[k][g]の口蓋化現象について

#早稲田大学文学学術院(戸山キャンパス):
 http://flas.waseda.jp/flas/access/

この研究会で発表を希望なさるかたは、下記ホームページの「お問い合わせ」の項目から、世話人あてにご連絡ください。

#東京フランス語学研究会ホームページ:
 http://lftky.jimdo.com/

世話人:渡邊淳也(筑波大学)・塩田明子(慶應義塾大学非常勤)
日本フランス語学会第313回例会

日時: 2017年5月13日(土) 15:00-18:00
会場: 早稲田大学文学学術院 (戸山キャンパス) 33号館16階第10会議室

(1) 新田 直穂彦 (東北大学大学院修了)

「副詞inversementの機能について」

(2) 曽我 祐典 (元関西学院大学)

「間一髪の事態を表す <副詞句+主節>」

司会: 酒井 智宏 (早稲田大学)

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(1) 新田 直穂彦 (東北大学大学院修了)「副詞inversementの機能について」

 副詞 inversement の用法を位置逆転, 意味逆転という 2 つに分けて, 各用法の機能につ いて考察し, 日本語の副詞「逆に」との違いを明らかにすることを目的とする. 芦野(2005) に則り, inversement の左側の命題を P, 右側の命題を Q, P の参加項を a, b, 参加項の関係 をrとすると, 位置逆転の機能はPのrを保ちつつPのa, bを入れ替えたQを導くこと だと言える. P, Q の a, b, r はそれぞれ意味的に等価であればよい. また, a, b の間で利益の やりとりがあれば, r が等価でなくても inversement は使用できる. 意味逆転の機能は, P のレーマと反対の意味を持つレーマを含む Q を導くことである. Q のレーマが P のそれ と正反対である必要はなく, inversement は比較的自由に使用できる. しかし, Q が P から 予想されるのとは反対の事態である場合は使用できない.
 日本語では「逆に」が inversement に対応するが, 両者には機能に明確な違いがある. inversement と異なり「逆に」は, 単独で方向や順序などが反対であることを表し, 予想と 反対の事態を示す Q を導くことができる. また, P と正反対の関係にある Q を要求するた め, P の r を保ったまま a, b を入れ替えると不自然になり, 利益のやりとりがあるような 相互関係とも相性が悪い.


(2) 曽我 祐典 (元関西学院大学)「間一髪の事態を表す <副詞句+主節>」

 本発表で取り上げるのは,過去においてもう少しで現実になるところだった 事態(間一髪の事態)を表す <副詞句+主節> の発話である。これまで文法書や 論考があつかってきたのは (1), (2) のように半過去形を用いる場合のみのようだが,実は (3), (4) のように大過去形を用いることもある。

(1) Une minute plus tard, le train .
(2) Mais tu es fou de m'avoir bouscule ainsi ! Un peu plus, je .
(3) Dix secondes de plus, l'avion la frontière.
(4) Le vent soufflait, c'était terrible. Les tuiles volaient partout. C'était la tempête. Un peu plus fort, j' ma maison.

 (1), (2) のような半過去形の発話については部分照応説にもとづく Berthonneau & Kleiber (2003, 2006) や未完了性を説明の鍵とする渡邊(2007, 2014) など優れた論考があるが,それらとは異なる立場から,(1)-(4) のような発話が (5) のような操作の産物であることを示したい。

(5) a. 発話者は,過去のなんらかの事態 S を踏まえている。S のある過去スペ ースにいる気持ちになり,S に対してわずかな差異 D のある反実の事態 P を思い描いて,D を副詞句で表すことによって喚起する。
b. そして,P のある反実 P スペースにいる気持になり,そこに条件 P の帰 結として確かにある事態として Q を思い描いて主節によって表す(事行 の非完了/完了に応じて 半過去形/大過去形を用いる)。

 この (5) から,帰結 Q の反実性は反実 P スペースにある事態であることに由来し,切迫感は条件 P が S に対してわずかな差異 D しかなく,Q のモダリティ が「確定」であることに由来すると説明できることになる。

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*早稲田大学文学学術院 (戸山キャンパス) へのアクセス
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東京フランス語学研究会第31回研究会

東京フランス語学研究会では、第31回研究会を以下の要領で開催いたします。
関心のおありのかたは、どなたでもご参会ください。

日時: 2017年4月22日(土) 13時から14時30分
会場: 早稲田大学文学学術院 (戸山キャンパス) 33号館16階第10会議室
発表者: 西脇沙織(フランス国立パリ高等社会科学研究院博士課程修了/慶應義塾高校非常勤講師)
題目: アイロニーと論証意味論

#早稲田大学文学学術院(戸山キャンパス):
  http://flas.waseda.jp/flas/access/

この研究会で発表を希望なさるかたは、下記ホームページの「お問い合わせ」の項目から、世話人あてにご連絡ください。
現在、5月13日(土)の発表者が空席になっております。フランス語学会や他学会での発表にそなえた習作的な発表も歓迎いたしますので、ふるって発表希望をおよせくださいますよう、お願いいたします。

今年度もどうぞよろしくお願い申し上げます。

#東京フランス語学研究会ホームページ:
  http://lftky.jimdo.com/

世話人:渡邊淳也(筑波大学)・塩田明子(慶應義塾大学非常勤)
日本フランス語学会第312回例会

日時: 2017年4月22日(土) 15:00-18:00
会場: 早稲田大学文学学術院 (戸山キャンパス) 33号館16階第10会議室

(1) 井上 大輔 (上智大学大学院)

「疑問詞+crois-tu que P?の叙法選択について」

(2) 木島 愛 (千葉工業大学)

「動詞regarderと共起する副詞表現について」

司会: 守田 貴弘 (京都大学)
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(1) 井上 大輔 (上智大学大学院)「疑問詞+crois-tu que P?の叙法選択について」

 フランス語の接続法に関しては、先行研究の多くが、主張/非主張、または前提/非前提と言う観点から説明を試みている。例えば(1)であれば、主節をne pasで否定してもque以下の内容が変化しないことから、que以下は前提、または非主張なので接続法が用いられているということになる。

(1) Je suis heureux que vous ayez réussi.

 こうした視点から接続法と直説法の用法を説明するアプローチでは説明できないと思われるのが、Pourquoi crois-tu que P?における叙法選択である。Pourquoi crois-tu que P?においては、(2)のようにpourquoiがcroisにかかる場合は直説法が用いられ、それに対して(3)や(4)のようにpourqouiがPにかかる時は直説法と接続法が両方用いられることがわかっている。

(2) Pourquoi crois-tu que je suis très intelligent ?
(3) Pourquoi croyez-vous que je sois là ?
(4) Pourquoi croyez-vous que je me suis déplacé jusqu'ici ?

 このうち、(2)と(3)においてはque以下の情報が疑問の焦点になっているかいないかという立場から、従来の学説で証明できる。しかし、(4)ではque以下が疑問の焦点になっていないにもかかわらず、直説法が使われている。故に、今までの説明を当てはめることができない。こうした矛盾を説明するために、ここでは話者が聞き手の情報処理に対して推量を行い、聴手の注意を換気するために直説法が用いられていると言う仮説を立て、その用例がフランテクストで発見される他のPourquoi crois-tu que P?、並びにそれ以外の疑問詞を用いた構文にも当てはまるかを確認するのが、本発表の趣旨である。

(2) 木島 愛 (千葉工業大学)「動詞regarderと共起する副詞表現について」

フランス語の視覚を表す動詞 regarder が使用される際,様々な副詞表現と共起することから,regarder と共起しやすい副詞表現を中心に,統辞的観点,意味的観点から分析を行う.
 まず,辞書に記載されている regarder が慣用表現,定表現と言われる「凝結表現」を全て抽出し,コーパスにおける実際の使用と比較すると,様々な違いが見えてくる.凝結表現として記載されている表現の他にも,出現頻度の高い副詞表現は数多くあり,さらに,類似表現も数多く存在する.そのような副詞表現を分析対象とし,複数存在する類似表現の違いを探る.例えば,次の様な場合である.

(1) a. Alors j'ai sorti mon revolver et je le lui ai montré. Elle m'a regardé d'un air sérieux et elle a laissé tomber son pantalon sans rien dire. (Le mur)
b. Elle m'a regardé avec sérieux…
c. Elle m'a regardé sérieusement…

この場合,(1a) で用いられている d’un air + Adj. をそれぞれ対応する (1b) avec N や (1c) 副詞に置き換えることができる.しかし,このような置換には制約がある場合が存在する.また,このような副詞的表現に加えて,

(1) d. Elle m'a regardé, sérieuse, …

のように,名詞のみでの置換えも可能であることを示し,これらの表現に共通する意味的作用にも着目し,使用頻度の高い表現を中心に,使用の制約条件を追求する.
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Yui 銅版画新作展『錆色の森』

小柳優衣 銅版画新作展『錆色の森』

●会期
2017年3月3日(金)~26日(日)
※ 月・火 定休
12:00~18:00

●会場
フジムラコンテンポラリーアート
http://www.fujimura-art.com/
横浜市中区元町2-91-11 Iyeda Bldg 2F
TEL:045-641-3070
Aude GREZKA 氏 講演会

パリ第13大学LDI(Lexiques, Dictionnaires, Informatique)研究所の Aude Grezka さんによる講演会が開催されますのでお知らせいたします。

Aude Grezka : Ingénieur de Recherche CNRS,
   Responsable de l’Équipe Lexiques de
   Laboratoire Lexiques, Dictionnaires, Informatique (LDI),
   Université Paris 13

発表タイトル: “Phraséologie et traduction : bases de données et applications”

発表内容:
 (i) la méthodologie scientifique et la théorie ;
 (ii) les problèmes rencontrés ;
 (iii) les outils que nous développons au laboratoire

発表要旨へのリンク:
http://www.sjlf.org/wp-content/uploads/2017/02/Grezka.pdf

使用言語:フランス語(通訳なし)

日時:2017年3月8日(水) 14:00~16:30

場所:早稲田大学文学学術院(戸山キャンパス)33号館16階第10会議室

主催:科学研究費助成金(若手B)「フランス語の知覚動詞に関する凝結表現の研究」
   (課題番号 16K16822)(代表 木島愛)
共催:日本フランス語学会 および
   筑波大学総合言語科学ラボラトリー

講演会終了後、近隣にて懇親会を開催します。
参加ご希望の方は、お手数ですが3月3日(金)までに下記にご連絡いただけますと幸いです。

問い合わせ先:木島愛
ai.kijima.hmmアットマークgmail.com
自分用メモ:
PDF文書の見開き片ページ印刷は、「用紙設定横長」+「実際のサイズ」で可能。
日本フランス語学会第311回例会

日時:2016年12月10日(土) 15:00-18:00
会場:早稲田大学文学学術院 (戸山キャンパス) 33号館低層棟6階第11会議室
※いつもの会場と異なりますのでご注意ください。

(1) 小川 彩子 (関西学院大学大学院)
「<強勢形人称代名詞+関係節>型感嘆文についての一考察」

(2) 渡邊 淳也 (筑波大学)
「フランス語および西ロマンス諸語における「行く」型移動動詞の文法化について」

司会: 守田 貴弘 (東洋大学)

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(1) 小川 彩子(関西学院大学大学院)「<強勢形人称代名詞+関係節>型感嘆文についての一考察」

 関係節には一般的に、制限的関係節、同格的関係節および擬似関係節の三種類がある。朝倉(2011)は制限的関係節および同格的関係節について、「制限的関係節は、先行詞の表わす人・物を同種の他の人・物と区別してそれに限定を加え、文意に不可欠なもの。これに反し、同格的関係節は、先行詞に付随的観念を添えるにすぎないから、これを省略することができる」と述べている。また、古川(1992)は、擬似関係節について「擬似関係節であることの確認は、制限的関係節と異なり、先行詞のみで指示的自立性をもち、また同格的関係節と異なり、先行詞と関係節の間にコンマを入れることができないという基準によって行うことができる」と説明する。
 上記の定義にしたがうと、次の(1)-(3)はどの関係節に該当するだろうか。

(1) Moi qui vous parle, j’ai vu Napoléon une fois, à Chartres. (Zola, E. La Terre)
(2) (ポリーヌは慈善活動として、恵まれない子供たちのためにキナワインを作っている。ある少女の父親がそのワインを飲んでしまったと聞き)
Moi qui prends la peine de le fabriquer ! disait Pauline.( Zola, E. La joie de vivre)
(3)(娘が母親を起こす場面)
Maman ! Maman ! il est tard. Toi qui as une course... (Zola, E. Germinal)

 (1)-(3)はすべて<強勢形人称代名詞+関係節>型の文である。朝倉(2011)は、「人称代名詞のように特定のものを表わすときは、関係節は一般的に同格的」と述べていることから、(1)-(3)はすべて同格的関係節であるように思える。しかし、関係節が主節の主語の同格として機能している(1)とは異なり、(2),(3)から関係節を省くと主節がなくなってしまうことから、(2)と(3)を同格的関係節であると判断することは妥当ではない。(2)と(3)は、上に述べた古川(1992)による擬似関係節の判断基準をみたすことから、擬似関係節であると推測される。また、(2)と(3)のような<強勢形人称代名詞+関係節>型の文は感嘆文として用いられることが多いように思える。
 本発表では、まず(2)と(3)のような<強勢形人称代名詞+関係節>型の文が擬似関係節を用いた表現であることを示し、次に<強勢形人称代名詞+擬似関係節>が感嘆文となる仕組みを明らかにすることをめざす(なお、(2)と(3)を感嘆文に分類する理由についても言及する)。

(2) 渡邊淳也 (筑波大学)「フランス語および西ロマンス諸語における「行く」型移動動詞の文法化について」

 フランス語および西ロマンス諸語における「行く」型移動動詞 (verbe de déplacement de type itif ou andatif) の文法化について論ずる。文法化とは、ここでは主に(準)助動詞化が問題になる。以下に挙げるような諸事例を扱う。
 1/ 迂言的未来形 (futur périphrastique)
 <「行く」型移動動詞+不定法>で未来の事態をあらわす迂言的未来形は、移動動詞が事態の実現にむかう漸進をあらわすことから、発話時点からの連続性においてとらえるような未来の事態を標示する。それに対し、単純未来形は、発話時点から断絶した事態を標示する。
(1) Maintenant qu'il a fini ses études, il { va retourner / *retournera } au Japon. (Franckel 1984 : 67)
(2) Un jour, je { ?? vais t'expliquer / t'expliquerai }. (Leeman-Bouix 2002 : 162)
 2/ 迂言的過去形 (prérérit périphrastique)
 カタルーニャ語やガリシア語には、<「行く」型移動動詞+不定法>で過去を指示する用法がある。
(3) [カタルーニャ語] Ahir vaig dormir tota la tarda. (Bres et Labeau 2013 : 302)
   きのう、わたしは午後ずっと寝ていた。
(4) [ガリシア語] Onte vou ir á feira e atopeime con Xurxo. (Pérez Bouza 2007 : 831)
   きのう、わたしは市場にゆき、シュルショに会った。
 Hagège (1993) はこの用法を、迂言的未来形のmoving-ego metaphorとは反対のmoving-ego metaphorによるとしているが、誤りである。実際には、物語や歴史叙述の現段階から、つぎなる事態への移行をあらわす用法を母胎とし、そこから<「行く」型移動動詞+不定法>のみが独立した用法である。
 3/ 異常なふるまい (allure extraordinaire)
 Damourette et Pichon (1911-1936 : §.2604) によって命名された用法である。
(5) Oui, une voiture toute neuve. Et ce connard est allé m'emboutir une aile ! (Larreya 2005 : 351)
 この事例にも漸進性がみとめられ、直線的時間によって不可避的に、後続不定法であらわされる行為へとむかってゆくことを「aller+不定法」があらわしている。あたかも、異常とみなされる行動をとる主体が、そうした不可避性につき動かされているかのごとき意味効果が出る。また、「行く」型移動動詞が直示の中心から遠ざかる「遠心性」を基本的性格とすることから、マイナス評価が出てくるものと考える。先行研究ではこの用法と同一視されていなかったつぎのような例も、その点では同様である。
(6) Les habitants de Paris sont d'une curiosité qui va jusqu'à l'extravagance. (Montesquieu, Lettres persanes)
 このほか、4/ 特徴づけ (caractérisation) をあらわす用法や、5/ 間投詞化などの事例も同様の考えかたで論ずる。
 結論として、文法化した事例は、全般的に、「行く」型移動動詞があらわす移動の概念から出発して、「着点の標示」、「不可避性」、「遠心性」などをかぎとしながら、ある種の仮構的移動としてとらえることができる。

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*日本フランス語学会事務局
〒162-8644 東京都新宿区戸山1-24-1
早稲田大学文学学術院 酒井智宏研究室内 日本フランス語学会
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新刊、中村芳久・上原聡(編)(2016)『ラネカーの(間)主観性とその展開 』開拓社。
ラネカーの固有名詞を冠した本が出ること自体おどろきです。
中村芳久先生の巻頭論文の参考文献に、わたしの論文が出ていて、心臓がとまりそうになりました(笑)。
言語学講演会のお知らせ

以下の要領で講演会を開催いたします。
関心のあるかたはどなたでもご参会ください。

■ 講 師
榮 谷 温 子(さかえだに はるこ)
(慶應義塾大学言語文化研究所非常勤講師、NHKラジオアラビア語講座講師)

■ 題 目
「エジプト・アラビア語の時制・叙法体系」
エジプト・アラビア語の時制・叙法について、主に未完了形と能動分詞に重点を置き、それぞれの用法の類似点と相違点を明らかにする。

■ 日 時
2016年11月15日(火)15時〜17時

■ 場 所
筑波大学人文社会学系棟A203会議室

主催:筑波大学TAME研究会(人文社会系リサーチグループ)
http://www.lingua.tsukuba.ac.jp/lgfr/tame/
共催:筑波大学総合言語科学ラボラトリー
   筑波大学北アフリカ研究センター

問い合わせ:渡邊淳也
http://my.formman.com/form/pc/71dTYDhGkVISAsBr/
東京フランス語学研究会 第30回研究会のお知らせ

東京フランス語学研究会では、第30回研究会を以下の要領で開催いたします。
関心のおありのかたは、どなたでもご参会ください。

東京フランス語学研究会第30回研究会
 日時: 2016年11月12日(土) 13時から14時30分
 会場: 早稲田大学文学学術院 (戸山キャンパス) 33号館16階第10会議室
 発表者: 楊 鶴 (筑波大学大学院)
 題目: 暴力表現におけるlàの用法

#早稲田大学文学学術院(戸山キャンパス):
 http://flas.waseda.jp/flas/access/

この研究会で発表を希望なさるかたは、このメールの発信元アドレス、または下記ホームページの「お問い合わせ」の項目から、世話人あてにご連絡ください。

#東京フランス語学研究会ホームページ:
 http://lftky.jimdo.com/

世話人:渡邊淳也(筑波大学)・塩田明子(慶應義塾大学非常勤)
日本フランス語学会第310回例会

日時: 2016年11月12日(土) 15:00-18:00
会場: 早稲田大学文学学術院 (戸山キャンパス) 33号館16階第10会議室

(1) 長沼 剛史 (京都大学大学院)

「指示形容詞句ces N / ce Nによる総称解釈のメカニズム」

(2) 川上 夏林 (京都大学大学院)

「心理動詞らしさの意味論—心理的事態の〝いま・ここ・わたし〟性と内的視点—」

司会: 酒井 智宏 (早稲田大学)
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(1) 長沼 剛史 (京都大学大学院)「指示形容詞句ces N / ce Nによる総称解釈のメカニズム」

従来の研究において、総称文の主語名詞句は定名詞句le N / les N 、不定名詞句un N に限られてきた。しかしながら、指示形容詞句ces N / ce N にも総称解釈がみられる(以下、
指示形容詞総称と表記)。指示形容詞総称は照応的用法(例1)、詠嘆記憶用法(例2)、周知の用法(例3)、見出しの用法(例4)の四つに下位分類できる。

(1) A:Mon cousin a acheté un labrador.
  B:Ah, ces labradors sont de très fidèles compagnons.【照応的用法】
(2) [イタリア人がナンパしているのを見て]Ah, ces Italiens ! 【詠嘆記憶用法】
(3) Il possédait une de ces figures heureuses dont rêvent les femmes et qui sont désagréables aux hommes. (MAUPASSANT, Une Vie) 【周知の用法】
(4) Ces migrants que la France ne fait pas rêver (Le Monde) 【見出しの用法】

前者二つは主に話し言葉、後者二つは主に書き言葉にみられる指示形容詞総称である。本発表では、前者二つの指示形容詞総称を考察する。また東郷(1999)の談話モデル理論を援用し、現場指示がプロトタイプ的用法である指示形容詞句がなぜ総称解釈できるのかを説明する。

(2) 川上 夏林 (京都大学大学院)「心理動詞らしさの意味論—心理的事態の〝いま・ここ・わたし〟性と内的視点—」

川上(2013)、(2015)では二つの心理動詞タイプについて論じた。一つはénerverやgênerなどの語彙的心理動詞タイプ。もう一つはfrapperなど動作動詞から心理動詞へと拡張したタイプである。アスペクトの点からみると、両者は同じアスペクト構造を持つと考えられるが、焦点化される相がそれぞれ異なる。前者は状態相が焦点化され、後者は変化相が焦点化される。事例(1)、(2)が示すように、状態焦点型では現在形・半過去形、状態変化焦点型では複合過去形が取られやすく、この傾向は両者のアスペクトタイプの違いを反映したものとして説明可能になる。

(1) a. Je n’arrive pas à comprendre et ça m’énerve. (Appel du pied)
b. Cette présence dans mon dos me gênait. (L’Etranger)
(2) C’est seulement quand il m’a déclaré : « Maintenant tu es un vrai copain » que cela m’a frappé. (L’Etranger)

しかし「心理動詞の意味論」という枠組みから見たとき、このアスペクトタイプの違いはどのような意味を持つのだろうか。本論ではこの問いを「心理動詞らしさ」という問題に結びつけて考察を行う。心理的事態の〝いま・ここ・わたし〟性に着目すると、心理動詞と「内的視点」の密接な結びつきが見えてくる。すると、「内的視点」が置かれやすい一人称・(発話時)現在形・状態性・非動作主を特徴とする事例(3)のような構文に現れる動詞がもっとも心理動詞らしい動詞として位置付けられる。その他の事例は、人称・時制・アスペクト・主語の性質が上記の基準をどれだけ満たすかによって「内的視点」の置かれやすさが決まり、それに相関して当該動詞の「心理動詞らしさ」が決定することになる。

(3) a. Ah, ça m’énerve !
b. Ah, ça me tue ! (川上2014)

つまり、状態焦点型と状態変化焦点型のアスペクトの違いは、「内的視点」の置かれやすさの違いを意味し、状態変化焦点型のほうが状態焦点型よりも「心理動詞らしさ」が低いという結論に至る。また本論全体を通して、「心理動詞とそうでないもの」という従来の語彙意味論的立場や、あるいは「心理動詞不要論」を採る立場とは異なる観点から心理動詞の意味分析が可能であることが示される。
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*早稲田大学文学学術院 (戸山キャンパス) へのアクセス
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*戸山キャンパス構内案内図
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*学会ホームページ
http://www.sjlf.org/
*日本フランス語学会事務局
〒162-8644 東京都新宿区戸山1-24-1
早稲田大学文学学術院 酒井智宏研究室内 日本フランス語学会

東京フランス語学研究会第29回研究会

 日時: 2016年10月15日(土) 13時から14時30分
 会場: 早稲田大学文学学術院 (戸山キャンパス) 31号館103教室
 [いつもの建物と異なりますのでご注意ください。]
 発表者: 近藤 野里(名古屋外国語大学)
 題目: ケベック・フランス語の特徴

#早稲田大学文学学術院(戸山キャンパス):
 http://flas.waseda.jp/flas/access/

この研究会では、11月の発表者が未定となっております。
発表を希望なさるかたは、このメールの発信元アドレス、または下記ホームページの「お問い合わせ」の項目から、世話人あてにご連絡ください。

#東京フランス語学研究会ホームページ:
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世話人:渡邊淳也(筑波大学)・塩田明子(慶應義塾大学非常勤)
日本フランス語学会第309回例会

日時 : 2016年10月15日(土) 15:00-18:00
会場 : 早稲田大学文学学術院 (戸山キャンパス) 31号館103教室
[※いつもの建物と異なりますのでご注意ください。]

(1) 谷川 恵 (東京大学大学院)

「フランス語名詞句における等位接続構造」

(2) 津田 洋子 (京都大学研修員)

「現象描写文と発話の場―(IL Y A)「名詞句+関係節」の分析を中心に―」

司会: 酒井 智宏 (早稲田大学)

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(1) 谷川 恵 (東京大学大学院)「フランス語名詞句における等位接続構造」

 本発表では、フランス語名詞句内における等位接続構造のうち、特に名詞の等位接続および限定詞の等位接続を扱う。
 限定詞と名詞は性・数の一致を行うため、(1)のように限定詞複数形に複数名詞が後続する構造は適格である。他方で、等位接続された単数名詞を用いた容認度テストの結果、限定詞複数形に等位接続された単数名詞が後続する(2)は容認度が低い。

(1) Mes parents sont gentils. 「私の両親は優しい。」
(2) ?*Mes père et mère sont gentils.  (意図した意味)「私の父と母は優しい」

また、限定詞が単数形のとき、(3)のように限定詞単数形に単数名詞ひとつが後続する構造は適格である。

(3)Mon père est gentil. 「私の父は優しい」

その一方で、限定詞単数形に等位接続された単数名詞が後続する文(4),(5)は非文となる。

(4) *Mon père et mère sont gentils. (意図した意味)「私の父と母は優しい」
(5) *Mon père et mère est gentil. (意図した意味)「私の父と母は優しい」

 これらのことから、本発表では、(i)限定詞複数形は、単独の複数名詞と等位接続された単数名詞を区別すること、(ii)限定詞単数形は、単独の単数名詞と等位接続された単数名詞を区別することを主張する。
 また、限定詞を等位接続詞ouを用いて等位接続した構造についても扱い、名詞句における等位接続構造と限定詞の機能について検討する。

(2) 津田 洋子 (京都大学研修員)「現象描写文と発話の場―(IL Y A)「名詞句+関係節」の分析を中心に―」

 フランス語には、統語的には「名詞句+関係節」でありながら、たった今話し手の目の前で起こった事態を表す、現象描写文と呼ばれる文タイプがある(1)。この文タイプは、(2)のような通常の「主語+述語」で表される文タイプと異なり主動詞を持たない。そのため、文としての成立をめぐって様々な議論がなされている。

(1) Le facteur qui passe !
(2) Le facteur passe.

まず、Grégoire(1949)において、この文タイプは« un type de phrase méconnu »として、日常的な話し言葉で用いられるにもかかわらず、文としての研究がされてこなかった事実が指摘される。そして、(1)の文タイプは、(3)のような提示詞を伴う表現の省略形ではなく、大変便利な一つの文タイプを選択肢として提供していると主張される。

(3) {C’est / Il y a / Voilà}le facteur qui passe !

この論文をうけ、Pottier(1949)においても、(1)の文タイプは自然発生的な文として捉えるべきとしたうえで、(1)を知覚の反応に関わる主観的な文、(2)を客観的な文として区別する必要性が指摘される。そして、(1)の文タイプにおいて含意される知覚動詞 « Je vois »などの代わりに、{C’est / Il y a / Voilà}のような « formules passe-partout »(用途の広い表現)を用いて、(3)のように構文としての形式が整えられるとされる。
 その後(1)のような文タイプは、(3)のような提示詞を含む文タイプや、主動詞として知覚に関わる動詞を含む文タイプとの関係をもとに様々な考察が行われてきた(Rothenberg 1971, 1972, 1979 ; Radford 1975 ; Cadiot 1976 ; Kleiber 1981, 1988 ; Muller 1995, 2001 ; Furukawa 1996, 2005, 2013)。
 本発表においては、{C’est / Il y a / Voilà}「名詞句+関係節」の文脈との共起関係をもとに、どのような文脈において「名詞句+関係節」が文として成立しているかを吟味する。そのうえで、「名詞句+関係節」が、どのように不足している要素を補填し文として成立するかを説明する。
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*日本フランス語学会事務局
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早稲田大学文学学術院 酒井智宏研究室内 日本フランス語学会
 祝日で、すこしばかり閑暇があったので、以前からずっと Twitter で作ろうと思っていたコルシカ語 bot を作りました。
 https://twitter.com/bot_di_u_corsu
 5時間に1度、コルシカ語の単語を日本語による語釈つきでつぶやきます。
 [後日追記] ツイート間隔を約3時間にあらためました。

PA111674

 2013年、コルシカ議会で、島内ではコルシカ語をフランス語とならぶ公用語として位置づける「併用公用語制」(cuufficialità) が定められましたが、これがフランス共和国憲法の規定に反するのではないかとの疑義が出されているため、その帰趨は予断をゆるしません。
 そこで最近、オベンキョーのため、昨年出た併用公用語制にかんする書物を入手しました。
 この書物(全篇コルシカ語書き)のおもしろいところは、前置詞 pè が pà になっていたり、svucalatura(非強勢音節での母音交替)がいっそう徹底されているなど、南部コルシカ語の特徴が鮮明で、わたしが知っているコルシカ語の変種とはかなりちがいますが、一定の対応関係があるので問題なくよめます。
 単一の標準語をもたず、各方言が対等の規範性をもってならびたっているという、「多規範的」(pulinòmicu)なコルシカ語のありかたに慣れると、「みんなちがって、みんないい」という気になります。
 考えてみれば、併用公用語制も結局、多規範性の延長線上にあると思います。EUで価値づけられている多言語主義・多文化主義にもつながる考えかたですね。

 Cuufficialità の著者、Colonna 氏出演動画:

第9回 筑波大学大学院 人文社会科学研究科
文芸・言語専攻 フランス語学領域・フランス文学領域合同研究発表会


 今、世界におけるヨーロッパの地位、役割は大きく変わろうとしています。その中で私たちがフランス系の言語文化、文学を研究する意味は何なのか。改めて大きな問いに答えなければならない時期に来ています。

 文芸・言語専攻では、文学分野フランス文学領域および言語学分野フランス語学領域の大学院生は研究室を共有して常日頃、議論を交わしています。語学研究にとっては文学の知識や発想は時にインスピレーションの宝庫であり、また文学研究にとっても語学の知識とセンスはテクストの深い読みを誘うきっかけとなります。

 本発表会は日頃の研究の成果を公開し、自由な議論の場を作ろうというものです。

 関心のある方は教員、学生を問わず、参加を歓迎します


日時:2016年10月13日(木)14:00-18:00

場所:筑波大学 1C302会議室

14:00-14:40 水落 理子(フランス語学領域2年)
「フランス語形容詞と日本語の「かわいい」の比較」

14:40-15:20 楊 鶴(フランス語学領域5年)
「暴力表現におけるlàの用法」

15:20-16:00 田代 雅幸(フランス語学領域5年)
「à l'inverseとà l'opposéについて」

休憩15分

16:15-16:55 松田 里沙(フランス語学領域3年)
「Langage SMSにおける略語形成の独自性について(仮題)」

16:55-17:35 後庵野 一樹(フランス文学領域4年)
「Tableaux vivantsとrumeur ピエール・クロソウスキーの絵画について」
東京フランス語学研究会 第28回研究会

 日時: 2016年9月24日(土)13時から14時30分
 会場: 早稲田大学文学学術院(戸山キャンパス)33号館16階第10会議室
 発表者: 関 敦彦(東京外国語大学大学院)
 題目: 現代フランス語において動詞に後置される不変化の形容詞に関する統語的分析

#早稲田大学文学学術院(戸山キャンパス):
 http://flas.waseda.jp/flas/access/

この研究会で発表を希望なさるかたは、このメールの発信元アドレス、または下記ホームページの「お問い合わせ」の項目から、世話人あてにご連絡ください。

#東京フランス語学研究会ホームページ:
 http://lftky.jimdo.com/

世話人:渡邊淳也(筑波大学)・塩田明子(慶應義塾大学非常勤)
日本フランス語学会第308回例会

日時: 2016年9月24日(土) 15:00-18:00
会場: 早稲田大学文学学術院 (戸山キャンパス) 33号館16階第10会議室

(1) 白石 碧 (パリ第7大学大学院)

「フランス語の右節点繰り上げ構文における動詞のミスマッチ」

(2) 谷口 永里子 (京都大学大学院)

「主節と関係節における倒置と焦点」

司会: 守田 貴弘 (東洋大学)
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(1) 白石 碧 (パリ第7大学大学院)「フランス語の右節点繰り上げ構文における動詞のミスマッチ」

右節点繰り上げ構文は、省略箇所と先行詞の間に他の省略構文よりも厳しい同一性条件(音の同一性)が必要であるとされている。

(1) a. Certaines agences ont déjà fermé leurs portes ou vont bientôt fermer leurs portes. (Le Monde French Treebank)
  b. * Certaines agences ont déjà ouvert leurs portes ou vont bientôt ouvrir leurs portes.

Pullum & Zwicky (1986)によると、右節点繰り上げ構文はfactorable coordinationであり、factorable coordinationが可能であるのは、各等位項の要求が同じまたはミスマッチがsyncretism (同形) によって解消される場合である。
 しかし, フランス語の右節点繰上げ構文には、(2)のように、音の同一性を持たない動詞のミスマッチが見られることがある。

(2) La Confédération Paysanne a répertorié une trentaine de site de production à grande échelle qui ont vu le jour, ou qui vont voir le jour en France. (France Inter-2015/02/20)

コーパス調査と容認度のテストの結果は、音の同一性がフランス語の右節点繰上げ構文において重要ではないことを示す。
動詞のミスマッチの分析として、以下のように提案する。
(i) 各等位項の対立する要求は最終項の要求によって解消される。
(ii) 同一の語彙素を持つ要素を削除することができる。


(2) 谷口 永里子 (京都大学大学院)「主節と関係節における倒置と焦点」

本発表では、(1)~(3)のような主節と関係節の中の倒置の現象について、倒置主語が焦点を担うか、という問題を中心として検討する。(1)のタイプを「指示型倒置」、(2)のタイプを「提示型倒置」と呼ぶ。先行研究では特に提示型倒置と従属節の中の倒置主語が焦点を担うか、意見が分かれている。

(1) Sont reçus Marie et Pierre.  (Marandin, 2011)
(2) Alors, entra un soldat. (ibid.)
(3) le livre qu’a acheté Paul (ibid.)

(1)の指示型倒置は、談話の場に根差した前提(開放命題)が存在し、倒置主語がidentificational focusを担う。また、限定表現ne…queとseulement、対比表現を付加する焦点テストを行った結果、(2)のような主節の提示型倒置の倒置主語はinformation focusを担うことが明らかになった。さらに、関係節中の倒置は倒置主語が節末を占める場合は倒置主語がinformation focusを担うが、間接目的語や状況補語などが後続するときは焦点を担わない傾向がある。関係節中の倒置主語が担う焦点は、指示型倒置や主節の提示型倒置の倒置主語が担う焦点より弱いものであることを示唆する。

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*日本フランス語学会事務局
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早稲田大学文学学術院 酒井智宏研究室内 日本フランス語学会


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小柳優衣 作品展
「-時が満ちるまで-」

会期:9月15日(木)~21日(水) 作家全日在廊
会場:ながの東急百貨店 別館シェルシェ 4階 美術サロン
住所:〒380-8539
   長野県長野市南千歳1-1-1
営業時間:10:00~19:00(最終日は16:00閉場)
作品ご注文に関するお問い合わせは美術サロン(0262269609)まで
 
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案内状メッセージより引用:

 本展覧会では銅版画と油彩の作品たち約100点を展示いたします。

 銅版画では、腐蝕技法によって時を経たような風合いのノスタルジックな描写を得意としており、その繊細な線を活かすため、摺りに使用する紙は滋賀県の成子雁皮紙や伝統的な素材であるヨシを使用しています。

 油彩作品では下地を掘るように描く独特なスタイルでイメージを刻み、その上から透明な色彩を何層にも重ねることにより、まるで陶器のような輝きを持つ画面を作り出しています。

 共通して表現するテーマは「共感覚」。画面を見た時に、どこか懐かしいメロディが聴こえたり、心地よい香りを感じたり、ふと胸の奥の記憶が蘇ったり・・・そんな共感覚を呼び起こすような作品作りを目指して制作しています。溢れる喜びや歓迎する思い、ちょっと皮肉めいた乙女心など、自身の経験に基づく等身大の心情。今回の「-時が満ちるまで-」では現在進行形の想いを描きだした新作を発表いたします。どうぞ、作品たちをご高覧いただけましたら幸いです。
小柳 優衣

Google Books Ngram Viewer という、フランス語(などの多くの言語)でコロケーションを簡単に検索でき、時代を経てその生起頻度がどのように変化してきたかを調べられる、画期的なツールの存在を(いまさらながらに?)知ったので、以下に情報をしるしておく。

Google Books Ngram Viewer
https://books.google.com/ngrams
参考記事1
http://jp.techcrunch.com/2013/10/18/20131017google-updates-ngram-viewer-with-improved-search-tools/
参考記事2
https://research.googleblog.com/2013/10/enhancing-linguistic-search-with-google.html
フランス語談話会 「他動性と動詞構文」

日時:7月23日(土)15時~18時
会場:早稲田大学文学学術院(戸山キャンパス) 33号館低層棟6階第11会議室
https://www.waseda.jp/flas/glas/access/

パネリスト:
・早津 恵美子(東京外国語大学 )
「日本語の「V-(サ)セル」文の使役構造性と他動構造性」

・藤縄 康弘(東京外国語大学)
「ドイツ語における他動性と使役・受動」

・藤村 逸子(名古屋大学)
「フランス語の使役文における被使役者の格表示と被動作性の度合」

司会:秋廣 尚恵(東京外国語大学)

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日本語の「V-(サ)セル」文の使役構造性と他動構造性
早津 恵美子(東京外国語大学)

日本語の使役文(「V-(サ)セル」を述語とする文)について、原動文(「V」を述語とする文)との対応関係として、次のような2つの捉え方がある。

A:広く知られている捉え方
太郎が 花子に 荷物を 運ばせる。 ⊃ 花子が 荷物を 運ぶ。
太郎が 息子を 銀行へ 行かせる。 ⊃ 息子が 銀行へ 行く。
太郎が 冷凍庫で 果汁を 凍らせる。 ⊃ 果汁が 凍る。

B:あまり知られていない捉え方
太郎が 花子に 荷物を 運ばせる。 ⇔ 太郎が(自分で)荷物を 運ぶ。
太郎が 息子を 銀行へ 行かせる。 ⇔ 太郎が(自分で)銀行へ 行く。

このAは、使役文は原動文の表す事態には含まれない人や事物を項として加え、それを主語にして述べる文だとする捉え方であり、使役文の表現する事態が原動文の表現する事態を含意する。一方Bは、意志動作の引きおこしを表す使役文についてのみあてはまる性質だが、使役文と原動文は、主語である人が原動詞の表す動作を他者に行わせる事態を表す文と自身で行う事態を表す文だとする捉え方であり、両者は異なる事態を表現している。
使役文と原動文との対応関係にこのような2つの側面があることを意識することは、日本語の使役文の性質、また、使役・受身・原動からなる日本語のヴォイス体系の性質の把握に有効だと思われる。具体的にはたとえば次のようなことである。

● Bの捉え方をすることの意義
(ア)意志動作の引きおこしを表す使役文の文法的な意味についての新たな観点。 
「つかいだて(他者利用)」と「みちびき(他者誘導)」 cf.「強制」と「許可」
つかいだて: ・太郎は忙しくて銀行へ行けないので代わりに息子を行かせた。
   ・太郎はひとりでは運べないので業者に頼んで荷物を運ばせた。
みちびき: ・先生は園児たちのよい思い出となるようみなにイモ堀り体験をさせた。
    ・教師は学生が基礎知識を身につけられるようまず入門書を読ませた。

(イ)原動文と使役文と受身文からなる日本語のヴォイス体系
原動文:太郎が花子をなぐる。  :主語(動作主体) =原動作の主体
使役文:太郎が後輩に花子をなぐらせる。:主語(引きおこし手)≠原動作の主体
受身文:太郎が先輩に花子をなぐられる。:主語(被り手) ≠原動作の主体

● Aの捉え方が示唆するもの
(ウ)他動詞・自動詞を含めた日本語のヴォイス体系
《使役と他動》 cf.受身と自動
太郎が冷凍庫で果汁を{凍らせる/固まらせる/固める}。⊃ 果汁が{凍る/固まる}。
先生が生徒を校庭に{来させる/集まらせる/集める}。⊃ 生徒が校庭に{来る/集まる}。

● 全体として
(エ)使役文の構造として大きく次のような二種を考えることができる。
・使役文の典型としての使役構造性をもつもの。
・他動構造性(二項他動構造・再帰構造・三項他動構造)をもつもの。


ドイツ語における他動性と使役・受動
藤縄 康弘(東京外国語大学)

伝統的ドイツ語学の見方によれば、他動詞は、対格目的語を支配する動詞に限られる。たとえ主語のほかに目的語を求める動詞であっても、その目的語を対格以外の格(与格、属格)や前置詞句のかたちで支配する動詞は、他動詞とは見なされず、目的語をまったく要求しない動詞ともども自動詞に分類される。このような分類を行うひとつの利点は、人称受動文が他動詞からのみ形成されるのに対し、自動詞からは非人称受動文しか形成され得ない、という一般化を可能にすることである。
しかし、目的語をどのような格的範疇で支配するかは、動詞の語彙論的な性質である。そうである以上、使役や受動といった態の操作において、いくら対格の振舞いが顕著だとしても、その点に即、統語論的な他動性を認めるわけには行かない。統語論的な問題としての他動性は、まさに対格支配を超えたところに見出されなければならない。本発表では、こうした問題意識に立ち、ドイツ語の態を概観する。取り上げる話題は以下の3つである。

1. 反使役 ドイツ語には反使役の表現形式が2種類ある。再帰代名詞を伴った構文とこれを伴わない、単純な自動詞の構文である。どちらの構文を用いるかは、語彙的に決まっているが、いずれを用いるにせよ、「動作主の介入なしで状態変化が起こる」という骨格的意味は共通である。しかし両者には、自由な与格の解釈をめぐって大きな相違がある。再帰構文による表現では、与格は単に影響を被る人物としか解釈されないのに対し、自動詞構文には「うっかり~してしまう」という非意図的使役の解釈も可能である。この後者の、他動性の高い解釈は、動詞の語彙意味論と密接に関連しつつ、これを超えた次元で動機づけられる。

2. werden受動とlassen使役 上述のとおり、werden受動は、自動詞に適用されると非人称受動を形成するが、非人称受動そのものは、対格を支配しないという意味での自動詞だけでなく、対格を支配する他動詞からも条件次第で形成可能である。他方、lassen使役では、もとの動作主を対格で表示する可能性に加え、受動文での動作主表示であるvonやdurchによる前置詞句もあり得る。その際、この表示は、主に対格を支配する他動詞に見られるほか、対格を支配しないという意味での自動詞の一部でも認められる。また、対格目的語と与格目的語を伴う二重他動詞では、vonやdurchによる動作主表示のみが可能である。つまり、werden受動における対格支配の無効化とlassen使役における対格支配の追加は表裏一体の関係にあり、いずれも、語彙的な対格支配の有無を基準とする他動性・非他動性には還元されない性質である。

3. bekommen + 過去分詞の多義性 werden受動が対格目的語を主語とするのに対し、与格目的語を主語とするには「be­kommen(本動詞としては「もらう」の意味)+過去分詞」構文を用いる。この構文は、伝統的には受動態と見なされてこなかったが、こうした認識の背後には格の問題のほか、別の事情も潜んでいる。この構文は、「~してもらう」という受動的解釈に加え、条件次第で「成功する、できる」という法的解釈も許す。この後者の解釈は、主語が単に動作主的であるという意味で他動性が高いだけでなく、1. で触れた非意図的使役との対比で言うと、所期の結果の達成、つまり意図的使役でもある。しかもこの解釈は、基底動詞の再帰可能性によっても条件づけられており、この点でも1. と比較可能である。

全体として、ドイツ語においても、態の体系に見られる他動性は、動詞の語彙的性質としての対格支配を超えたところに認めることができる。その際、特筆すべきこととして、高い他動性にはしばしば顕在的・潜在的なかたちで与格が関与していることが指摘されるのである。


フランス語の使役文における被使役者の格表示と被動作主性の度合
藤村 逸子(名古屋大学)

フランス語の伝統文法において「他動性 (Transitivité) 1」は動詞の統語論的特徴を指し、目的語として直接目的語をとるのか、前置詞付きの目的語をとるのか、また、完了時制の助動詞としてavoir/êtreのどちらと共起するのかといった問題にかかわる。
一方、Hopper & Thompson (1980)は、言語類型論の立場から、形態統語的特徴としての「他動性1」に意味上対応するのは多数の変数(要因)によって構成される「他動性2」の連続体であると主張した。意味概念の「他動性2」は「ある行為が多に影響を及ぼす度合」とされ、その程度が大きいほど「他動性2」は高く、小さいほど低いと考えられた。形式が離散的であるのに対して意味は連続的であるという考えそれ自体は目新しいものではないが、言語学でそれまでばらばらに扱われていた項目(たとえば動詞アスペクトの完了性と目的語の定性の関係)を「他動性2」の構成要因として一つに纏めて提示したという点は新しく、大きな注目を浴びた。本発表で「他動性」というとき、「他動性2」を指す。
Hopper & Thompson(1980)は、彼らの提案した他動性の構成要因の間には相関性があると考えた(たとえば動詞アスペクトの完了性は目的語の定性と関連がある)が、Tsunoda (1985)、角田(1991)、Fujimura (1990)、藤村(1990)、藤村(2009)などが指摘してきたように、全ての構成要因がそうであるとは言えない。たとえば動作主の「意志性」と被動作主の「被動作性」との間に相関性は認めにくいし、目的語の主題性(Hopper & Thompsonの用語では被動作主のindividuationの度合)と動作主の主題性は矛盾する場合がある。すなわち、他動性の構成要因を安易に一纏めにするのではなく、どの(あるいはどれらの)構成要因が、どの言語、また、どのタイプの言語形式において関与的に働いているのかを問い、「他動性」の構成要因間の関係を精査し、「他動性」のプロトタイプを再考するという作業が必要と考えられる。
本発表では、フランス語の使役構文:faire + 不定詞 + 直目 + à / par + 被動作主(例:faire écrire une lettre à / par Marie (マリーに手紙を書かせる・書いてもらう))における被使役者の表示のàとparの間の交代の現象を対象とする。使役構文は、被使役者が「動作主」と「被動作主」の両方の役割を果たすので、「他動性」に関する議論において、興味深い対象である。また、この交替現象には、不定詞の種類(直接目的語に強い影響を与えるか否か)や直接目的語の主題性などが関与することはすでによく知られており「他動性」のトピックにふさわしい。
本発表では、この現象において重要な要因は、被使役者と直接目的語の「被動作主性」であり、「意志性」などの動作主に関する要因ではないことを、先行研究における記述と、大規模コーパスから得た約1000例の実例の多変量解析結果を提示して示す。そして、「他動性」には下位区分の必要があることを提案する。

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日本フランス語学会webサイト:http://www.sjlf.org/

『フランス語学研究』50号別冊論文集『パロールの言語学』
(日本フランス語学会)

Parole


もくじ

はしがき

論文:

談話マーカー « si vous voulez », « disons » について
―発話の言いかえに関する用法―
安齋 有紀

メトニミ,メタファにおける代置する概念と代置される概念の非弁別化
川島 浩一郎

凝結表現 n'avoir rien à voir に関する考察
木島 愛

複合名詞におけるコネクターとしての spécial に関する考察
古賀 健太郎

初級フランス語学習者における発話能力の特徴
―CEFR-Jに基づくタスク会話と自己評価の分析から―
杉山 香織

Analyse argumentative de l'ironie standard et de l'ironie non-standard
NISHIWAKI Saori

フランス語の使役構文における被使役者の表示:À vs Par
―実例に基づく検証―
藤村 逸子

前置付加形容詞 foutu とその情意的意味
山本 大地

En passant の文法化・語用論化について
渡邊 淳也



編者:大久保朝憲・川島浩一郎・酒井智宏・渡邊淳也
「筑波大学TAME研究会」という研究会の代表者を今春よりつとめております。
ようやくきょう、研究会の情報を掲載してゆくホームページを構築いたしました。詳細については、下記URL、ならびに各下位項目をご笑覧ください。
http://www.lingua.tsukuba.ac.jp/lgfr/tame/
わたしがエディターソフトでタグまで手書きで作成したページですので、最低限の書式ですが、研究会の趣旨はわかるものと思います。

もうひとつ、「筑波大学総合言語科学ラボラトリー」という、大きな名まえの組織が昨年度から発足し、わたしも加入していたのですが、最近ようやくウェブページができました。
http://lcsl.jinsha.tsukuba.ac.jp/
これを「TAME研究会」のホームページと比較していただくと、ウェブページのプロ(総合言語科学ラボラトリー)とアマチュア(わたし)のちがいがおわかりになるでしょう(笑)。
日本で発案された人工言語、「アルカ」をご存知でしょうか。エスペラントのような(おもに)ヨーロッパ諸語からつくられたものではなく、ヴォラピュクのようにあらたに(先験的・恣意的に)つくられた言語です。
http://conlinguistics.org/arka/
この発案者が2013年に伊勢原市で元妻に対して殺人未遂事件をおこして逮捕されたことで、ひところ報道をにぎわせましたが、個人的には、事件とは無関係に上記サイトを見ると、人工言語のうらづけとなる考えかたや、アルカそのものの作り込みもよくできていると感じました。そして、数人の協力で、すでにかなり多くのアルカでの著作蓄積もあるのにおどろきました(事件を機に、作者のみならずアルカに対しても、「中二病」などの悪罵が浴びせられましたが、作者と作品を同一視してしまうことのほうがよほど「中二」的だとわたしは思います)。
さらに、これで思い出したのが、京大の東郷雄二先生が月刊誌『すばる』に2002年から2006年にかけて断続的に連載しておられた人工言語論です。
http://lapin.ic.h.kyoto-u.ac.jp/subaru/subaru1.html
http://lapin.ic.h.kyoto-u.ac.jp/subaru/subaru2.html
http://lapin.ic.h.kyoto-u.ac.jp/subaru/subaru3.html
http://lapin.ic.h.kyoto-u.ac.jp/subaru/subaru4.html
http://lapin.ic.h.kyoto-u.ac.jp/subaru/subaru5.html
http://lapin.ic.h.kyoto-u.ac.jp/subaru/subaru6.html
http://lapin.ic.h.kyoto-u.ac.jp/subaru/subaru7.html
http://lapin.ic.h.kyoto-u.ac.jp/subaru/subaru8.html
http://lapin.ic.h.kyoto-u.ac.jp/subaru/subaru9.html
http://lapin.ic.h.kyoto-u.ac.jp/subaru/subaru10.html
東郷先生による、人工言語には秘教的なところがある、という指摘はアルカにもあてはまるように思います。この視点からいうと、エスペラントは、由来こそ人工言語ですが、denaskaj Esperantistoj (生得的エスペランティストたち;両親がエスペラントを介して国際結婚したこどもたちは、生まれながらにエスペラントを話す) もいますし、かなりいわゆる「自然言語」に近くなっているといえましょう。
もっとも、わたし自身が共著書『フランス語学小事典』にも書きましたように、人工言語・自然言語という分類そのものが、明確な境界をもっていない、ということでもあります。たとえば、インドネシア語は、海峡マレー語を基礎に人工的に構築された共通語ですので、やはり由来としては「人工言語」というべきでしょう。
東京フランス語学研究会第27回研究会

日時: 2016年6月18日(土) 13時から14時30分
会場: 早稲田大学文学学術院 (戸山キャンパス) 33号館16階第10会議室
発表者: 佐藤 千秋 (東京外国語大学大学院)
題目: リヨン地域における方言分布について

#早稲田大学文学学術院(戸山キャンパス):
 http://flas.waseda.jp/flas/access/

この研究会で発表を希望なさるかたは、このメールの発信元アドレス、または下記ホームページの「お問い合わせ」の項目から、世話人あてにご連絡ください。

#東京フランス語学研究会ホームページ:
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世話人:渡邊淳也(筑波大学)・塩田明子(慶應義塾大学非常勤)
日本フランス語学会第307回例会

日時: 2016年6月18日(土) 15:00-18:00
会場: 早稲田大学文学学術院 (戸山キャンパス) 33号館16階第10会議室

(1) 新田 直穂彦 (東北大学大学院)

「副詞句から接続詞句へ: en même tempsの場合」

(2) 佐々木 幸太 (関西学院大学非常勤講師)

「mettre の制約に関する一考察」

司会: 酒井 智宏 (早稲田大学)

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(1) 新田 直穂彦 (東北大学大学院)「副詞句から接続詞句へ: en même tempsの場合」

同時性を表すen même temps は一般に副詞句として機能するが、文頭に置かれた場合は、前後の文を結合する接続詞句のような働きをする。本発表では、コーパスの分析に
基づいて、en même temps の副詞句から接続詞句への変化について考察した。
コーパス(Frantext)によれば、en même temps は17 世紀初頭から使用され始めた。文頭で用いられる割合は、17 世紀から19 世紀後半まで上昇し、それ以降は徐々に低下している。文中では接続詞句の機能を果たすことがないため、接続詞句としての使用頻度も低下していることになる。とはいえ、副詞句から接続詞句への変化は進行している。
Overbeke(2007)が主張したように、文頭に置かれた場合、文中で用いられた場合と比較すると、同時性という意味が希薄化して対立を表すことが多くなる。ただし、コーパス
(Le Monde diplomatique)の分析結果では、対立を表す頻度よりも、話題の変更や、対立していない内容の添加を表す頻度の方が高いことが確認された。同時性と対立とは近い関
係にあり、cependant, alors que の場合は、同時性から対立の意味が生じた。これに対して、en même temps の場合は、同時性から対立以外の意味が生じており、同時性を表す副詞句から多義性を持つ接続詞句への変化が起きていると考えられる。

(2) 佐々木 幸太 (関西学院大学非常勤)「mettre の制約に関する一考察」

 本発表では,開始アスペクトマーカー se mettre à Inf. の核となる mettre がどのような特性をもった動詞であるかを解明するために,行為の「対象 Y」または「Y の新しい位置・状態 Z」が人の場合の mettre の使用にかかわる制約を論じる.とくに注目するのは,(1), (2) のような発話とちがって (3)-(5) のような発話(Y または Z が人)がときに容認度が低いという事実である.

(1) C'est ainsi que le matin, quand Georgette rentre, il met son café au lait dans sa soupe pour savoir quel goût aurait ce mélange. (Soupault, P., 1928, Les Dernières nuits de Paris : 60)
(2) Après avoir mis en marche la cafetière, j'ai pris un bain dans une baignoire pleine. (Hassen, B., 2015, Pauvre Martin, pauvre misère : 34)
(3) ?Claude a mis Camille à faire la cuisine / à laver la vaisselle. (Saunier, 1996 : 63)
(4) a. Je vais te mettre à décharger la camionnette moi, tiens, tu vas voir si tu vas rigoler. b. " tu ne veux tout de même pas dire qu'une femme qu'ils la mettent à faire de la soudure? (ibid. : 64)
(5) Claude a mis {trois heures de colle à Dominique / * trois heures de congés à Dominique}. (ibid. : 81)

この事実に言及した Saunier (1996) は,(3), (4) について,行為主体 X と対象 Y が敵対している文脈や論争的な対話場面では mettre が容認されると述べている.しかし,その理由は明らかにしていない.また,(5) は Y が Z にとって望ましい場合は容認度 が低いとしている.しかし,実例を見るとそのような場合でも,mettre が容認される場合があることが分かる.本発表では,言語実態の観察にもとづいて,Y または Z が人の場合に,mettre の容認度が下がる要因を明らかにしたい.

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*早稲田大学文学学術院 (戸山キャンパス) へのアクセス
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早稲田大学文学学術院 酒井智宏研究室内 日本フランス語学会
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 カタルーニャ語や、オック語の一部(ガスコーニュなど)で、<「行く」型移動動詞+不定法>の迂言形が未来ではなく過去をあらわすようになっていることは、つねづね不思議に思っております。
 これについては、モンペリエ大学のオック語学者 Gérard Joan Barceló の論文、
 を最近よみかえし(というのも、2009年にはじめて未来時制に関する論文を書いたとき、いちどはよんだのですが、そのときは単純未来形におもな関心があったので、迂言的時制についてはまだ考えておりませんでした)、「認知派」のなかでも生半可なひとがいいそうな、「行く」の方向性がふたつあるからだ(moving-time metaphor と moving-ego metaphor)というのは、カタルーニャ語やオック語に関してはまったくのまちがいで、過去用法が出てきたのは、語りの文脈(つまり、完全に時間の流れにそう叙述)で、過去に視点をおいてつねに未来方向へと話をすすめていたことから、「行く先としての未来」が過去におかれた、というのが正しい解釈だといまさらながらに確信しました。つまり、過去用法も未来用法も一貫して moving-ego metaphor だけなのです。
 ちなみに、カタルーニャ語の迂言的過去形について、コレージュ・ド・フランス名誉教授のクロード・アジェージュ(Claude Hagège)大先生の所説が完全にここでいうmoving-time metaphor の臆見にはまっていしまっています。

 With the regard to the time before ego's discourse, then, the itive implies motion starting from ego, crossing a past event which has really occurred, and becoming thereafter more and more distant from ego. This explains such Catalan examples as (110) below, in which the itive indicates the past:
(110) Ahir vaig esmorzar amb el meu germà.

------Claude Hagège (1993) : The Language Builder, John Benjamins, p.103

 ここでいう itive はラテン語 ire から作ったものなので、「行く」型移動動詞をさします(ときに antative ともいわれます)。
 アジェージュ大先生によると、カタロニア語で「行く」型移動動詞が過去をあらわすにいたったのは、「すぎさって、遠ざかってゆく過去」という考えかたからだというわけですが、上述のように、これはとんでもない間違いです。

 くろしお出版で来年発刊予定の論文集にわたしも書くことになっているのですが、このあたりの事情もふくめて、フランス語および西ロマンス諸語における「行く」型移動動詞の文法化について書いてみようか、と思案しております。
 こころおぼえのために、すでによんだもの、これからよみたいものをとりまぜて、参考文献を書いておきます。

[翌日追記] 偶然見つけた論文、
 によると、なんと、ガリシア語にも<「行く」型移動動詞+不定法>で過去をあらわす用法があるそうです!!!
 はじめて知りました!!!
日本フランス語学会第306回例会

日時: 2016年5月14日(土) 15:00-18:00
会場: 早稲田大学文学学術院 (戸山キャンパス) 33号館16階第10会議室

(1) 津田 香織 (筑波大学大学院)
「日本語とフランス語の語りのテクストをめぐる一考察
—『ノルウェイの森 / La ballade de l’impossible』冒頭部分を例に—」

(2) 佐々木 香理 (関西学院大学非常勤講師)
「接頭辞 RE の機能-ramener / rapporter と remmener / remporter の場合-」

司会: 守田 貴弘 (東洋大学)
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(1) 津田香織 (筑波大学大学院)「日本語とフランス語の語りのテクストをめぐる一考察」

本発表では、日本語を原作とする小説とそのフランス語訳を比較し、両語のテクスト
構築の在り方の違いについて考える。観察対象とするのは日本語の小説『ノルウェイの
森』(村上春樹著、1987 年)とフランス語の翻訳書(La ballade de l’impossible, Corinne Atlan
訳, 2009 年)の冒頭部分(第 1 章)である。翻訳書は、原作を異なる言語で、原作に近
い形で再現することを本義とするものであるが、同時に訳された言語のテクストとして
の質も求められる。したがって、原作と翻訳のテクストに現れる違いは、両語の違いの
具体的な発現と考えることができる。
違いが顕著に現れる両語の述語形式に注目して、テクストの比較を行ったところ、テ
クスト中で記憶が問題となる箇所(回想及び回想内容に対するコメント)が、日本語と
フランス語とでは異なる方法で描かれていることが確認された。具体的にいえば、日本
語の当該箇所は作中人物の「僕」の視点から述べられていることなのか、物語の書き手
の「僕」の視点からのものであるのかが確定されないまま、話が展開する。一方、対応
する箇所のフランス語訳は、3 つの視点、すなわち 1) 作中人物の「僕」の視点、2) 物
語の書き手の「僕」の視点、そして 3) 回想内容を 1 つの物語として語る客観的視点が、
明確に分けられて、交替しながら、話を進める。
このようなフランス語訳のテクストを構築する仕方は、日本語のテクストにおいて不
確定な「主観的把握」(池上 2006)をフランス語で実現する翻訳者の解釈と言える(こ
のことで、日本語のテクストに見られる視点の曖昧な状態そのものは翻訳されたテクス
トには表されない)。また、ある物語を語るために、発話行為の場とは切り離された場、
すなわち récit (Weinrich 1971, 1989) の世界を明示する志向を持つフランス語と、récit
専用の形式を持たない日本語の語り方の違いが表出する一つの例であると考えられる。
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(2) 佐々木 香理(関西学院大学非常勤)「接頭辞 RE の機能」

本研究は接頭辞 RE(re, r, ré をまとめて RE と表記する)の本質的機能を解明する研究
の一環である.我々はこれまでに Franckel(1997)の指摘に基づき,認知動詞 reconnaître,
relire, retrouver, remarquer について検討した.そして動詞に RE を付加する際に発話者
は次のような発話操作を行うことを指摘した(状態,局面,状況,位置などを括り「あり方」
と呼ぶ).
(1) a. 発話者は認知対象を「認知主体が元は認識した(していた)もの」や「認知主体が
認識するもの」としてあらかじめ構築している.
b. 当初,認知主体はそうした認知対象を認識していない不安定なあり方(position non
stabilisée)にある.そうしたあり方から,発話者が構築した認知対象を認知主体が
認識することにより,安定したあり方(position stabilisée)に移行することを表す
際に RE を動詞に付加する.
本発表では,対象移動動詞 ramener,rapporter, remmener, remporter の実例を分析し,
RE の機能を検討する.そして(1)の仮説に必要な修正を加える.具体的には,(1)では
発話者による評価の対象は認知行為の対象であると述べたが,本研究では,評価の対象は
「ramener, rapporter, remmener, remporter の事行対象が移動先・移行先にあるというあ
り方」であることを主張する.さらに,RE の付加が難しい動詞の特性について検討する.
フランス国民教育省作成の現代フランス語において使用頻度の高い語彙の表
(eduscol.education.fr/cid50486/liste-de-frequence-lexicale.html) を参照すると,ramener
と rapporter は掲載されているものの,remmener と remporter は掲載されていない.実
際,今回使用したコーパスでも remmener の使用頻度は極めて低く,remporter について
も ramener と rapporter 程は使用頻度が高くない.そうした事実は RE の付加が難しい
動詞の特性の解明ひいては RE の本質的機能を明らかにする上で重要である.
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*早稲田大学文学学術院 (戸山キャンパス) へのアクセス
http://www.waseda.jp/top/access/toyama-campus
*学会ホームページ
http://www.sjlf.org/
*日本フランス語学会事務局
〒162-8644 東京都新宿区戸山1-24-1
早稲田大学文学学術院 酒井智宏研究室内 日本フランス語学会
東京フランス語学研究会第26回研究会

日時: 2016年5月14日(土) 13時から14時30分
会場: 早稲田大学文学学術院 (戸山キャンパス) 33号館16階第10会議室
発表者: 水落理子 (筑波大学大学院)
題目: 日本語の「かわいい」に相当するフランス語形容詞の意味的比較

#早稲田大学文学学術院(戸山キャンパス):
 http://flas.waseda.jp/flas/access/

この研究会で発表を希望なさるかたは、このメールの発信元アドレス、または下記ホームページの「お問い合わせ」の項目から、世話人あてにご連絡ください。

#東京フランス語学研究会ホームページ:
 http://lftky.jimdo.com/

世話人:渡邊淳也(筑波大学)・塩田明子(慶應義塾大学非常勤)
毎月、月末にくる所属組織の運営委員会の報告が、連休の関係できょう届いたのですが、派手な研究不正(剽窃)をした教員(3月に任期切れで退職したので、精確には「元教員」)がいて、一驚を喫しました。
大学のプレスリリースを追いかけていたら4月15日にはわかっていたはずなのですが、そんなものを見る元気もなく、プッシュで通知されて初めて知った次第です。

調査結果について
http://www.tsukuba.ac.jp/wp-content/uploads/2016041509302.pdf
剽窃対照表1
http://www.tsukuba.ac.jp/wp-content/uploads/2016041509312.pdf
剽窃対照表2
http://www.tsukuba.ac.jp/wp-content/uploads/2016041509322.pdf

文科省の「大学の世界展開力」事業で大型予算を獲得し、そのなかで新任人事をして、「すごいひとを呼んだ」といわれたひとだったのですが、いまどきこれほど露見しやすい、まるうつしのような剽窃をするのですから、じつは逆の意味で「すごいひと」だったという顛末です。必死で論文を書いている身としては、憤慨しかありません。

大学というのは、へんに純真なところがあって、このような似而非「研究者」にころっとだまされやすいのではないかと思っております。
ちなみに、小保方さんも真っ青という、いちばんすごい似而非「研究者」は、このひと(↓)だと思います。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%BB%E3%83%AB%E3%82%AB%E3%83%B3
http://www29.atwiki.jp/serkan_anilir/
http://www.el.tufs.ac.jp/prmeis/html/pc/News20100504_075352.html
http://blog.turkistan.moo.jp/?eid=1031879
日本フランス語学会第305回例会

日時: 2016年4月23日(土) 15:00-18:00
会場: 早稲田大学文学学術院 (戸山キャンパス) 33号館16階第10会議室

(1) 松田 里沙 (筑波大学大学院)

「SMSメッセージに現れるフランス語の文体的特徴」

司会: 酒井 智宏 (早稲田大学)
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(1) 松田 里沙 (筑波大学大学院)「SMSメッセージに現れるフランス語の文体的特徴」

この発表は、インターネットを介したコミュニケーションの場でやり取りされるメッセージについて語レベルと文レベルの二つの観点から分析し、その文体的特徴を明らかにすることを目的とする。今回はコーパスとして、数あるコミュニケーション媒体の中でも主にSMS (Short Message Service) のメッセージを用いる。SMSは送信者・受信者による一対一の同時的なコミュニケーションが取られる。
 まずSMSで観察される語の簡略化や省略現象について、(ⅰ) 発音と関係なく縮約、縮減されるもの、(ⅱ) 発音に準じて変形され、簡略化されるもの、(ⅲ) 文法形態素の脱落の3つに分類した。またその分類ごとの出現傾向を分析することによって、略語化が起こる要因は語句の長さだけではなく、その語を使用している状況に関係していることを説明する。
 次にメッセージを構成する文(または非動詞文)の構造の傾向を見る。従来のSMSに関する研究では、上記したような語の変形や省略に関する研究が大半を占め、統語的構造には注目されてこなかった。しかしSMSはその媒体の持つ「同時性」という特徴から、文法的に複雑さが少なく話し言葉との類似が観察される。
 最後にSMSにおける語と文の各特徴をもとに、他のコミュニケーション媒体との比較を行う。今回は一対多数のコミュニケーションが取れるものとしてインターネットフォーラムを扱い、発信者による受信者の捉え方が文体の変化に影響していることを考察する。
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*早稲田大学文学学術院 (戸山キャンパス) へのアクセス
http://www.waseda.jp/top/access/toyama-campus
*学会ホームページ
http://www.sjlf.org/
*日本フランス語学会事務局
〒162-8644 東京都新宿区戸山1-24-1
早稲田大学文学学術院 酒井智宏研究室内 日本フランス語学会
東京フランス語学研究会第25回研究会

 日時:2016年4月23日(土)13時から14時30分
 会場:早稲田大学文学学術院(戸山キャンパス)33号館16階第10会議室
 発表者:渡邊淳也(筑波大学)
 題目:En passantの文法化・語用論化について

#早稲田大学文学学術院(戸山キャンパス):
 http://flas.waseda.jp/flas/access/

この研究会で発表を希望なさるかたは、下記ホームページの「お問い合わせ」の項目から、世話人あてにご連絡ください。

#東京フランス語学研究会ホームページ:
 http://lftky.jimdo.com/

世話人:渡邊淳也(筑波大学)・塩田明子(慶應義塾大学非常勤)
新刊アラビア語時制研究書の情報を教えていただいたので、こちらに貼りつけておきます。

Michal Marmorstein (2016): Tense and Text in Classical Arabic, Brill.

出版社のホームページ(下記)で、
http://booksandjournals.brillonline.com/content/books/9789004310483
紙媒体では89ユーロ(150ドル)のところ、PDFは無料でダウンロードできます。

Access full text book:
[Read]
を右クリックして「名前をつけて保存」すればローカルに落とせます。

そういえば、毎春書かされる科研費の報告書で、業績リストを書くとき、以前は「査読つきか否か」だけチェック欄があったのですが、いまは、「謝辞(この場合は科研費による成果である旨の表記)があるか否か」、「オープンアクセスか否か」がついています。
「オープンアクセス」は、公的資金を得た研究成果にだれでも容易にアクセスできるよう、あるいは学位論文の場合はその評価の公正性をだれにでも検証できるよう、無償で公開することを推奨する考えです。
くだんの研究書も、冒頭の謝辞をみると、もとは学位論文だったとしるしてあるので、この線で「オープンアクセス」になっているものと思います。
フランス語には langue de bois(直訳すると「木製の舌」)という表現があり、仏和辞典をみると「紋切り型」などという訳語があると思います。
しかし実際には、この表現は政府機関などの言説に対して使われるので、わたしは、bois を生かして、「木で鼻をくくったような言辞」などと言っていたのですが、最近、偶然この表現の起源を知りました。
別の必要にせまられて、R. Amossy et A. Herschberg Pierrot (2009) : Stéréotypes et clichés, Armand Colin.を読みかえしていると、pp.114-115に特にこの表現を対象とする節が設けられていました。
langue de bois は1970年代にポーランドからフランスに入ってきた言い方で、ポーランド語では当時からいわれていた drętwa mowa の仏訳としてあみだされたとのことです。ポーランド語では、drętwa mowaは、共産党、とくにソ連の共産党の政治的言説に対する批判的な態度を示すために用いられていたそうです。
フランス語の文脈でも、当初はそれに近い意味、たとえば1982年版のPetit Larousseに記されている語義では、"phraséologie stéréotypée utilisée par certains partis communistes et par les médias de divers États où ils sont au pouvoir"(一部の共産党、および共産党が政権にある諸国のメディアによってもちいられる、ステレオタイプ化した言い回し)ということだったのですが、Amossy et Herschberg Pierrot (2009) によると適用範囲が急速にひろがり、1989年版のGrand Larousseにおける定義、"toute manière rigide de s'exprimer qui use de stéréotypes et de formules figées"(ステレオタイプや固定表現をもちいる、あらゆる硬い表現方法)にみられるように、非常に広く用いられるようになったとのことです。
しかし、そうはいっても、実際にはいまなお「硬直したお役所ことば」に適用しやすいと感じます。その点では、たんに「ステレオタイプや固定表現をもちいる、硬い表現方法」というだけではなく、当初の意味がいまでも、ある種の典型として用法の中核的部分に残っているのではないかと考えました。
 広島県府中町立府中緑ヶ丘中学校で、昨年12月、ほかの生徒の非行記録を理由にして高校受験の推薦を拒否した教員のせいで、生徒が自殺していたという。
 自殺した生徒の無念はいかばかりだったことか。将来をになう若いひとを、このように粗雑に扱い、自殺に追い込むのは、教員の名にあたいしないばかりか、殺人者も同然だ。
 生徒の失われた長い人生を思うと、(1)誤った記録をつけた、生徒が1年のときの担任教員、(2)ぬれぎぬを着せた、生徒が3年のときの担任教員、(3)校長、の3人がそろって自殺しようとも、あがなうことはできない、とポリティカル・コレクトネスに反することを言いたくなる。わたしも教員のはしくれだからこそ、あえてそう言いたくなるのだ。

 http://mainichi.jp/articles/20160309/ddn/041/040/012000c
 からの引用:

広島・府中町の中3自殺
ぬれぎぬで推薦拒否 学校側、別人の万引き誤記


毎日新聞2016年3月9日 大阪朝刊

 広島県府中町で昨年12月、町立府中緑ケ丘中3年の男子生徒(当時15歳)が自殺した問題で、別生徒の万引き行為を学校が男子生徒の行為と誤って資料に記録し、この資料に基づく非行行為を理由に「志望校への推薦は認められない」と男子生徒に伝えていたことが8日、分かった。誤った記録は生徒が1年生の時、学校が内部の会議用資料として作成し、その後誤りが判明したが、原本記録は訂正されないまま進路指導に使われたという。

 町教委によると、男子生徒は第1志望の公立高校とともに、第2志望で校長推薦が必要な専願による私立高校の受験を希望していた。女性担任は昨年11月中旬の進路指導で、1年時に万引きしたと誤って記載された記録に基づき、男子生徒に「推薦できない」と説明した。推薦基準は校長の判断で昨年11月に改定され、非行行為の勘案対象はそれまでの3年時のみから1年生以降となった。

 進路指導は同12月8日まで計5回実施。他の受験方法を生徒に勧め、保護者にも伝えるように指導したという。その際、担任は万引きについて生徒に尋ねたが「生徒から否定するような発言はなかったので、確認が取れたと思った」と学校の聞き取りで説明したという。

 記録は生徒指導の会議用で、指導教員が、会議資料を作成する別の教員に万引きをした生徒の名前を口頭で伝えた際、男子生徒の名前を誤って記載したという。会議で誤記載に気付いてその場で訂正したが、記録の内容を保存した電子データは修正されなかった。

 同12月8日には三者面談による進路指導が予定されていたが男子生徒は現れず、父親が自宅で倒れているのを発見し、その後に死亡が確認された。自宅には自殺をほのめかす書き置きがあったという。記録が誤っていたことも分かり、遺族に伝えた。

 今月8日夜に記者会見した同町の高杉良知教育長は、「誤った記録に基づいて専願での受験はできないとの指導がなされていた。学校内だけで考えると他の要因は見当たらず、(自殺の)原因になったと思っている」と述べた。同校の坂元弘校長は「本来なら推薦できるにもかかわらず、できないと伝えて生徒を大変苦しめた」と陳謝した。

 町教委は8日夜に保護者会を開き、生徒の自殺の経緯などについて説明し謝罪した。出席した保護者によると、保護者からは「生徒のSOSに気付かなかったのか」などの質問が相次いだという。
 認知症事故訴訟で最高裁判決。そりゃそうでしょう。「在宅介護者は一瞬のすきもなく被介護者を見まもれ」というなら、トイレにも行けませんよ。JR東海の諸君は一度もトイレに行かないのかね?

http://news.livedoor.com/article/detail/11242070/
からの引用:

認知症事故訴訟、家族に賠償責任なし JR東海の逆転敗訴が確定 最高裁判決

2016年3月1日 15時10分
産経新聞

 責任能力がない認知症男性=当時(91)=が徘徊(はいかい)中に電車にはねられ死亡した事故で、家族が鉄道会社への賠償責任を負うかが争われた訴訟の上告審判決で、最高裁第3小法廷(岡部喜代子裁判長)は1日、男性の妻に賠償を命じた2審名古屋高裁判決を破棄、JR東海側の逆転敗訴を言い渡した。

 判決が確定した。

 高齢者の4人に1人が予備軍とされ、平成27年で約520万人、37年で約700万人まで増加すると厚生労働省が推計する認知症。最高裁が示した判断は、認知症など高齢者介護の現場に影響を与えそうだ。

 争点は認知症高齢者を介護する家族の監督義務。民法714条では、認知症などが原因で責任能力がない人が損害を与えた場合、被害者救済として「監督義務者」が原則として賠償責任を負うと規定している。1審名古屋地裁は、「目を離さず見守ることを怠った」と男性の妻の責任を認定。長男も「事実上の監督者で適切な措置を取らなかった」として2人に請求通り720万円の賠償を命令した。2審名古屋高裁は「20年以上男性と別居しており、監督者に該当しない」として長男への請求を棄却。妻の責任は1審に続き認定し、359万円の支払いを命じた。

 ただ、同居していた妻は高齢の上、「要介護1」の認定を受けていたなど「監督義務を負わせるのは酷だ」と、1、2審判決に批判も多い。また、介護の方針を決定していたとされる長男の責任についても、認知症を抱える家族らから「同居していない家族に責任を負わせれば、家族による積極関与が失われ、介護の現場は崩壊する」と反発が出ていた。

 平成19年12月7日、愛知県大府市で徘徊症状のある男性が電車にはねられ死亡。男性は当時「要介護4」の認定を受けていたが、同居していた当時85歳の妻らが目を離したすきに男性は外出していた。事故後、JR東海と遺族は賠償について協議したが合意に至らず、22年、JR側が「運行に支障が出た」として遺族に720万円の支払いを求めて提訴した。

 マスコミを制御室に呼びあつめて、テレヴィカメラもまわっているなかで、にぎにぎしく「順調な再稼働」を宣伝する機会だったはずの高浜原発4号機。
 送電開始の操作をすると同時に警報音がなりひびき、テレヴィ的には劇的な絵がとれたことになるが、はからずも、「電力会社には原発を扱う能力がない」、「再稼働は危険である」ということが明らかになった。

 http://mainichi.jp/articles/20160301/k00/00m/040/139000c からの引用:
高浜原発
トラブルに地元に不安 再稼働直後の緊急停止


毎日新聞2016年3月1日 00時21分(最終更新 3月1日 13時49分)

 再稼働したばかりの関西電力高浜原発4号機(福井県高浜町)で29日午後、原子炉が緊急停止するトラブルが起きた。4号機は再稼働前に1次系冷却水が漏れるトラブルも発生したばかり。地元の人たちからは、相次ぐトラブルに心配や不安、怒りの声が上がった。

 この日は午後2時から送電開始が予定されており、トラブルは開始直後だった。「投入します」。中央制御室の運転員がこう告げて、送電開始のレバーをひねった瞬間、「ファンファンファン」という甲高い警報音が鳴り響き、警報盤のランプが点滅した。運転員らは原子炉の状態を示す計器の確認作業などに追われ、「トリップ(自動停止)確認して」「異常なし」などの声が制御室に交錯。緊迫した雰囲気に包まれた。

 同原発の地元・高浜町で脱原発を訴える「ふるさとを守る高浜・おおいの会」の東山幸弘代表は「関電の発表が事実とすれば、通常の火力発電所と同じ操作で起きたトラブルで、これまで何を点検してきたのかと思う。別の原因があるのではないか」と憤る。「考えられない大事故につながる事故の芽だ。やはり再稼働は認められない」と語気を強めた。

 目の前に高浜原発3、4号機が見える高浜町音海(おとみ)地区の70代女性は「事故があったら、えらいことになる原発やのに、トラブル続き。国も関電も無責任な感じがする」。50代男性は「停止中の4年7カ月、きちんと点検していたのか不安だ」と苦言を呈した。同地区のアルバイト、浜野秀子さん(44)は「高浜原発でアルバイトをしていますが、とにかく事故のないようにと、お願いするだけです」と不安を漏らした。

 福井県原子力安全対策課によると、同県の杉本達治副知事は29日夕、高浜原発内の豊松秀己副社長とテレビ会議システムで会談。「高浜4号機でトラブルが続いていることは県として大変遺憾に思う。安全を最優先した上で、速やかに原因を究明すると共に、再発防止策をまとめ報告願いたい」とし、県民への迅速な情報公開も求めた。

 これに対して豊松副社長は「調査結果は速やかに県に報告する。もう一度気を引き締めて点検したい」と応じたという。

 高浜町の野瀬豊町長も「早急に原因究明を行うとともに、適切な対応をお願いしたい。今後とも安全を最優先とした慎重かつ丁寧な運転に努めていただくようあらためてお願いする」とのコメントを発表した。

まえの記事